純粋に無邪気に問う

 

 

 

 

 

 

 

 近侍の控えの間で、相談を兼ねた雑談をしつつ茶を飲んでいた時のことである。

「こじゅうろうー」
「つな兄ぃー」

 呼び声と共にトタトタと可愛らしい足音が近づいてくることに気付いた。

 その音を聞きながら遠藤基信はやんわりと笑みを零し、その向かいに座っていた鬼庭良直が僅かにだが顔を顰めてみせた。

「今日もお元気でいらっしゃるな」

「屋敷内を走るでないと何度お教えすれば分かるのか…」

 良直が軽く睨み付けてくるので、その二人の間に座る形になっていた片倉小十郎と鬼庭綱元は少し慌てた様子で立ち上がる。しかし、可愛らしい足音がこちらに到着する方が幾分早かった。

 すぱーんと勢い良く戸板を開いて入って来た幼い少年二人は、勢いよくそれぞれの言葉を口にする。

「こじゅうろう、よとぎをおしえろー」
「よとぎってなんだー?」

 ぶはっと飲みかけていた茶を盛大に吹き出したのは基信である。正面に座っていた良直がまともに茶を吹きかけられていた。
「す、すまん…」
 咳き込みながらなんとか詫びる基信。無言のまま手拭いで浴びせられた茶を拭く良直。

「……」
「……」

 幼い少年たちを受け止めながら、小十郎と綱元は後ろでの珍事に顔を引き攣らせた。

「こじゅうろう。よとぎだ」
「よとぎだー」

 目の前では無邪気な尋ね事が繰り返される。

 とりあえず、背後での出来事は見なかったことにしようと決めた小十郎は、目の前の若君の両の肩に手を置いた。

「梵天丸様。どこで聞かれましたか、そのようなお言葉を」

 小十郎の堅い口調に、梵天丸は少々不思議そうに小首をかしげながら答える。

「侍女が言ってたと時宗丸に聞いた」
「意味を和尚に聞いたら、小十郎と綱元が詳しいから聞けって言われたぞー」

 先ほどから梵天丸の後に続いて言うのは、梵天丸の従弟の時宗丸である。
 伊達家当主の嫡男・梵天丸のご学友にと、幼い内から親元を離れこうして梵天丸と共に勉学に励んでいる、はずなのだが、幼い時宗丸にはまだ、ご学友だ近侍だという自覚は薄いようで、このように楽しそうに梵天丸に引っ付いて回っ ているだけだったりもする。

 小十郎が言葉に詰まっていると、後方から立ち上がる気配と共に声が聞こえてきた。

「さて、若様のお相手は若い傅役たちに任せて、年寄りは退散するか」
「ああ、そうだな」

 その言葉に綱元が慌てて振り返った。

「ちょっ…! 親父殿、面倒事ばかりこちらに押し付けようとなさるな」

「何が面倒事じゃ。お主らは傅役。わしらはその目付役。精々、仕事に励め」

 わたわたするだけの若い傅役の傍らを、基信と良直は澄まし顔で通り抜けていく。二人はしみじみとした風情で「も う、そのようなことを口にするお年になられたのか」と感慨深げに言いながら立ち去ってくれた。

「―――……」

「あー…と、その…」

 大人たちの態度がおかしいと敏感に感じとってしまう梵天丸が、酷く悲しそうな顔をして小十郎の袖を引っ張った。

「こじゅうろう。よとぎとは悪いことなのか?」
「わるいことなのかー?」

 相変わらず、梵天丸の後から続けて言う時宗丸まで真剣な眼差しを向けてくるのには、本当に参った。

「いえ…。悪い、ことでは、ございませぬが…」

 きちんと説明するべきか、今はまだ適当にごまかすべきか。しかし、適当にごまかしても、後々に誤解したままそういう場に直面したときは、梵天丸が恥を掻くことになりかねない。
 どうするべきか。
 そこまで悩まなくてもという勢いで真剣に悩んでしまった小十郎を見上げ、梵天丸はますます悲痛な顔になっていた 。

 何か思い付いたのか、綱元が梵天丸の前に片膝を付く。

「梵天丸様が仰っている「よとぎ」とは、夜伽のことでございましょうか…?」
 今更の様に綱元は聞き直してくれたが、幼い少年たちはきょとんとしているだけだ。
「よとぎとしか知らぬ」
「よとぎはよとぎだー」

「……」

 表情を引き締めると、綱元はいきなり時宗丸の手を取った。

「時宗丸様。これに関しては、お父上を交えてお話し致しましょう。というか、お父上に叱って頂きましょうか」

 凄味のある笑顔で時宗丸の手を引いて立ち上がる。

「え? え? え、えええ?」

「お父上から直々に、若様にろくでもない言葉ばかりを吹き込むなと言って頂きましょうかね」

「え、え、え、ええええ!?」

「という訳でございますので、梵天丸様、私めはこれにて失礼を。詳しくは小十郎が説明を致します故、ご心配召されるな」

 ぺらぺらと喋るかと思えば、綱元はそのまま時宗丸を引き摺るようにしてさっさと部屋を出て行ってしまう。
 置いて行かれた小十郎は一瞬ぽかんとし、
「は? …はぁぁぁ!?」
 と頓狂な声を発していた。

 自分が酷くいけないことをしたと思い込んでしまったらしい梵天丸は、小十郎の袖を掴んだまま俯いてしまった。小十郎は慌てて梵天丸に非は無いと説明するが、梵天丸は完全に塞ぎ込んでいる。

「梵天丸様! 悪いことでは無いのです!」
「では、何故、こじゅうろうはそんなに困っておるのだ…」
「困ると申しましょうか、その…。梵天丸様が元服なされ、婚姻の義を取り図られる折りにはきちんとご説明出来ること故…」
「元服? 婚姻? …そうか。つまり、大人が使う言葉というやつなのだな」

 聡すぎる程に聡い若君に、小十郎の方が悲しくなって泣きそうである。

「今は、その、夜の添い寝とだけ説明させて頂いても宜しいか」

「…うん。分かった。こじゅうろうが口にしたがらないような恥ずかしい事なんだな」

「―――…」

 そうですね、出来れば、人前であまり連呼して欲しくない言葉ではあります。そう言い返すのがやっとである。

 全く、どっちが大人だか分かったもんじゃない。

 小十郎は、己の不甲斐無さに、本気で落ち込みそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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09.7.26


こういうアホなネタばかり溜まってます。

政宗と伊達三傑の4人でわーわーやってるのが好きらしい。そういうのばっかり頭にありますわ。


遠藤基信も鬼庭良直も、モブでゲームに出てきてる方々。 (大河(独眼竜)にもこのコンビ出てきます)
遠藤は、小十郎を抜擢してくれた人で小十郎の後見人みたいな感じの人。鬼庭良直は鬼庭綱元(ゲームでは鬼庭延元)の父親で、後に隠居して鬼庭左月と名乗るお方。