羨望・恋情











 無駄な筋肉を削ぎ落とした引き締まった身体。
 綺麗に割れた腹筋。
 堅い筋肉。
 傷だらけではあるが、その肌は意外に張りがある。

 触れたい。





「hey! 小十郎!」
 屋敷の縁側に座り込んでいると、外廊下を片倉小十郎が歩いてくるのが見え、政宗は声を掛ける。
「政宗様。このような所で如何なされた」
 政宗が軽装で裸足で縁側に座り込んでいることに気付き、小十郎は眉間に皺を寄せた。
 小言が降ってくる前に政宗は立ち上がる。
「政宗様?」
「ふむ」
「あの…、本当に、如何されたのです」
 立ち上がったはいいが、小十郎をまじまじと見つめ、何やら考え込む素振りで微動だにしなくなった政宗の姿に、今度は小十郎は心配そうな顔つきになる。
「まさ…政宗様ぁ!?」
 いきなり小十郎の着物を左右に引っ張り肌蹴けさせ、隙間に手を差し込んできた政宗の行動に小十郎は悲鳴に近い動揺の声を上げていた。
 そして、すぐに我に返り政宗を叱り飛ばす。
「何を真面目な顔で考えているのかと思えば、何なのですか!?」
 盛大に怒られ、ついでに拳骨までもらってしまい、政宗はふて腐れたようにそっぽを向いた。
「政宗様!」
「何だよ。聞いてるって。いきなり悪かった」
「ですから、何の真似かとお聞きしておるのです!」
「…良い身体してんなぁって思って」
「は?」
「お前の身体いいよなぁ」
「はぁ…」
 この主は一体何を言っているのだろうか。小十郎は呆気に取られたように、突っ立ってしまった。
 これ以上、怒る気も失せてしまう。
「俺なんか鍛えてもなんか細いし…。違いはなんだ?」
「さて。体質…でしょうか?」
「shit! それじゃあ、俺がどんだけ鍛えても無駄ってことじゃねぇか」
「いえ、政宗様こそ、その一見細く見える身体で六爪を操る力。十分過ぎると思われますが」
「見た目だよ見た目。どんだけ強くなっても優男に見られちまう。男の矜持ってのがだな…」
「誰に何を吹き込まれたのか知りませぬが、政宗様の無駄なくしなやかに付いた筋肉こそ美しいかと」
 他意は無いのだろうが、小十郎は指先でそっと政宗の頬から首筋に掛けてすっとなぞった。
「…!」
 ぞくりと身を竦ませた政宗が思わず後方に飛び退き、ようやく小十郎は己の行動に気が付く。
「これはご無礼を。申し訳ありませぬ」
「いや、いい。気にすんな」
 重々しく頭を垂れる小十郎を片手を上げて制し、政宗は触れられた箇所を自分でなぞってしまう。
 太く堅い指先。
 刀を握り戦場を駆けた者の手だ。
 自分も同じはずなのだが、と政宗は己の日に焼けぬ白い手を見つめる。


『竜の右目の旦那みたいな男をさ、本当の漢っていうんだろうねぇ』

 前田の風来坊が珍しく羨望に近い眼差しを寄越したのは、つい先日のことだったか。

『いいねぇ。男が惚れる男ってね』

 あの男がどういう意味でそんな発言をしたのか知らないが、嫌な響きは感じなかった事から、単純に男として羨ましいということだろうと思うことにした。
「男が惚れる男ね」
 魅力的ということか。
 魅力。
 俺にはあるのかどうなのか。


 政宗は、小十郎が聞けば「政宗様こそ全てを魅了する力をお持ちで!」とかなんとか力説しかねない事柄を一人で思案し続けていた。
 小十郎なんかに相談出来る内容ではないのだ。
 政宗もまた小十郎に執着する一人であるから、前田の風来坊の言葉はかなり衝撃を与えたのである。
 ずっと政宗のものだと思ってきたが、小十郎に惹かれるものはごまんといるという事実に、小十郎を誰かに持って行かれるかもしれないという危機感に今更気付き、一人戦慄してしまったのである。

「この小十郎、生涯、政宗様のお側に」

 そう言ったのは、政宗が元服し梵天丸から政宗と名に変えた頃だ。

 あれから幾年月が過ぎた。
 人の心は変わり行くもの。
 己に小十郎を繋ぎ留め続ける力があるのだろうか。そんなことを思ってしまったが最後、不安は政宗を苛み始めてしまう。
 小十郎に言えば一笑に付されて終わりなのだが、そんなことにまで頭が回らなくなっていた。






「政宗様のご様子がおかしいのだが。何か知らぬか?」
「梵がおかしいのは、こじゅ兄絡みじゃないの?」
「俺?」
「だいたい、こじゅ兄が絡むと梵はおかしくなるでしょ」
「なぜ、俺のせいで?」
「はぁ。無自覚と来たよ。本当にこの双竜は揃って手の掛かる」

 政宗の従弟であり、政宗が子供の頃から共に育った伊達成実に聞いてみれば、なぜか哀れみを含んだ呆れと共に一蹴されてしまった。
 普段ならばあり得ないことである。

「俺は何かしでかしたのだろうか?」
 そう呟けば、成実は「何もしないからでしょ」とやはり呆れを含んだ眼差しを向けてくるのだった。




「政宗様、この小十郎、何かお気に障ることをいたしましたか?」
 率直に本人に聞いてみれば、呆気に取られたあと、怒ったような顔つきになり「何も無い」と言い捨てられ立ち去られてしまった。

「どうすればいいんだ?」

 小十郎は困りきった様子で呟いていた。





 その頃、政宗は一人動揺しまくっていた。
「なんだ? なんで小十郎があんなことを聞いてくる!?」
 何か起きたのだろうか?
 考えれば考えるほどに分からない。
 何故、小十郎が政宗の顔色伺いのようなことを言う?
 それとも、小十郎はいつも政宗の顔色を伺っていたのだろうか? 政宗が気付かなかっただけで。

 顔色を伺う。それは恐れから来るものだ。捨てられるのが怖い、見放されるのが怖い、突き放されるのが怖い。だから、相手の顔色を伺いながら、己の言動を慎重に選ぶ。
 幼少時の一種のトラウマに近い感覚。

 なぜ、小十郎がそんなことを?

「ん?」
 いや、待て。
 小十郎の顔色を伺ってしまうのは、むしろ政宗の方だろう。
 いつまで小十郎は政宗の側にいてくれるのか、そんな妄想に取り憑かれ、意味の成さない感情に支配される。
 それを小十郎が政宗に対して?
「んん?」
 あれ?
 政宗の感情は完全に小十郎に対する執着だ。依存に近いと言ってもいい。己の存在価値を小十郎に委ねようとしてしまうほどに。
 政宗は小十郎に執着している。それは確かだ。
 だから、前田の風来坊の言葉如きに心を掻き乱された。
 政宗の感情は、理解した。
 では、小十郎のあの言動は?

 小十郎は?

「政宗様ぁぁぁあああああ!」
「うわっ!?」
 早すぎるだろ。
 置いてきたはずの小十郎が政宗を追ってきたのだ。
「この小十郎、政宗様について勝手に思い悩むは性に合いませぬ。どうか、この小十郎が邪魔になったとお思いならば、この場で斬って捨て―――」
「小十郎、お前は俺をどう思う?」
 小十郎の意を決した叫びを遮り、政宗は問いかける。
「は?」
「お前は俺をどう思っている?」
「どう、とは?」
「ただの主か? 雇い主か? 傅役を任されたから相手をしていただけか?」
 矢継ぎ早に言葉を発する政宗を、小十郎は唖然と見つめた。
 問いの意図が読めなかった。
「政宗様は、この小十郎にとって大事な、」
「ただの主か?」
「政宗様? 何をおっしゃりたいのか、小十郎には分かり兼ねるのですが…」
「たまたま伊達藩に生まれたから、そのまま伊達の主に仕えただけか…?」
「政宗様? いったい何を言って…」
「この戦国の世、仕えたい主を選ぶことも可能だよな」
「政宗様!」
「お前にとっては、俺はただの城主の一人に過ぎねぇのか?」
「政宗様!!」
 小十郎を見ようともせず、昏い眼差しで一人呟き続ける政宗の肩を小十郎は掴み揺さぶった。
「政宗様! この小十郎が不要になりましたか?」
「小十郎が不要? まさか」
「それはよかった。政宗様に要らぬと言われれば、最早この小十郎には行くべき場所などありはしませぬ」
「小十郎は、俺をどう思う?」
 再び同じ問いをする政宗を、小十郎はしっかりと見つめた。
「愛おしゅうございます。この小十郎の全てでござりますれば」
「いと…?」
「何も持たず、戻る場所も無く、必要とされることもない小十郎にただ一つ与えられ、手に入れることの叶った光でございます」
「……お前、よくそんなセリフを恥ずかしげもなく言えるな」
「政宗様が言えとおっしゃられたのでしょう!」

 政宗は薄く笑みを浮かべたまま、小十郎の鍛えられた胸に額を押し当てた。
 見た目通りに堅くしなやかな筋肉だ。

「小十郎、お前は俺の側にあり続けるのか?」
「死してもお側に」
「死んでも側にいる気かよ」
「それ以外に小十郎に望みはござりません。政宗様と共に生きることが最大の喜び」
「お前って、もしかしなくても馬鹿か?」
「さて、この小十郎は政宗様よりは賢い自負がござりましたが」
「おい」
 一気に目の据わる政宗の頬を小十郎は指先で撫でた。
 やはり、先ほどと同じようにびくりと体を竦める政宗。
「政宗様? 小十郎が側にいるのは嫌でございますか?」
「違う。ただ、触れられることに慣れてないだけだ。……拒絶の記憶が甦る」
「ああ…」
 小十郎は己の短慮を嘆くように、頭上を仰ぎ見た。幼少の頃、己から必死に触れることはあっても、触れてもらうことはほとんど無かったのだろう。
「お許しを」
 そう先に謝罪し、小十郎はそっと壊れものを扱うように政宗の体を抱き寄せる。
 びくりと腕の中で強ばる小十郎より一回り細い体を、優しく撫でてみる。
「小十郎?」
 戸惑う声が政宗の口から発せられる。
「不快ですか?」
「んー? よく、分かんねぇ」
「そうですか」
「不快じゃねぇ。うん。気持ちはいい、かな」
「そう、ですか」
 小十郎は口元に笑みが浮かぶのを自覚する。
「小十郎は体温高けぇな。気持ちいい」
 そう言い、政宗は自分の腕を小十郎の背に回した。
「やっぱ、お前って良い身体してんなぁ」
「ご自分から触れるのは平気なのですね」
「ああ。小十郎は拒絶しねぇって分かってるから」
「しかし、小十郎から触れることは慣れぬと」
「うーん。よく分かんねぇ」



 外廊下を進んでいた成実は、通路を邪魔してくれている主従を眺めていた。
 声を大にして叫びたいのを必死に抑える。
 抑えるが、やはり言いたい。
「お前ら、それ勘違い! どう見ても恋情だから!!!!!」
 と、叫べたらどんなに楽かと成実は思った。
















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13.01.29

「筆頭がどうにかして小十郎に手を出させようとする話」というリクを頂いたにも関わらず、何故か迷走してくれるうちの主従。
手を出す前に意識の再確認が必要だった。
こんな話で申し訳ない。

ツイッタ診断「IDの中に○と○と○がある人のリクエストに応えてSS書くらしいよ」なやつで頂いたリク。
ふきまめさん、ありがとうございましたー!

久々にバサラに戻って楽しかったわ。



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