※ クスクシエに居候する前、出会ったばかりの頃の野宿してた辺り。

 

氷菓子

 

 

 

 

 

 人の欲望から生まれたグリードが、ヤミーを造りだす為に人の欲望を利用する。
 馬鹿な人間にはお似合いの状況だろう。
 人の中に紛れ、欲望の種類や強さを敏感に嗅ぎ分ける。そして、欲望を解放する状況に追い詰めてやるだけ。
 簡単に欲望に取り憑かれる人間の脆さ。愚かさ。
 ただ、その姿を高見から眺め遣るだけだった。




 王の動向を詮索するのにも飽き気紛れに空を舞い、ただの気紛れで小さな農村に降り立つ。
 羽根を仕舞い、適当に見栄えする人間の姿にメダルの体を作り変えてアンクは歩みを進めた。
 何となく、空から見下ろした時に違和感を覚えたのだ。降り立ってみて原因に気付いた。
 近くで戦闘が起きているのだ。人間同士の。それも軍隊を率いたレベルでの。
 この地は巻き込まれるかどうか際どい緊張感でピリピリしていた。
 しかし、それでも日々の営みは止める訳にはいかないと、農作業に精を出す者たち。
 貴族が着るような上等な衣装を纏った姿を取ったアンクは、返ってこの地で不振の目を向けられてしまっているようだった。
 ちっと舌打ちを打つ。
 派手好きなアンクとしては譲れないが、こういう辺境の地では浮きすぎている。しかし、いちいち人間に合わせてボロを着てやるなど存外である。
 つまらんことに気を取られるんじゃなかった。
 そう再び舌打ちをしようとしたところで声が掛かる。

「お兄さん、ユンクヘーレかしら? あの戦いに参加するの?」

 アンクの姿が公爵か伯爵の息子にでも見えたのだろう、女はそう話かけてきた。

「……」

 面倒だと無視を決め込んで通り過ぎようとすれば、目の前に何やら半透明の物体を乗せた器が突き出された。
 何の真似だと睨みを利かせれば、女は少々肩を竦めて、
「行進して行く兵隊さんたちに配るつもりでいたんだけど、予定よりも早い地点で戦闘が始まってしまってさ。作り損なの。良かったらあの戦闘に合流する前に食べていかない? これけっこう喜ばれるんだよ、こういう暑い日にはさ」
「…何だ、それは?」
 つい興味をそそられてしまった。
「中央で流行ってる氷菓子だよ。氷をね、細かく砕いてミルクを混ぜて甘い蜜を掛けてるだけの簡易版だけどさ」
 そういや、王もそんなものを食べていたな、と思い当たる。貴族どもの間で流行っているらしい。

「美味いのか?」

 どうして、人間なんかに興味を持ってしまうのだろうか。
 くだらないことだ、と自分でも思う。

「冷たくて甘くて、美味しいのよ!」

 そう言い切る女の手から一摘み口に放り込む。しゃりしゃりとした感触は分かるが、それ以外はよく理解出来なかった。
 軽く首を傾げ、
「これが人間どもの美味い…か」
 ぽつりと呟いた。

「あれ? お兄さんの好みの味じゃなかった? 簡易版にしては自信あったんだけどなぁ。悔しいわね。今度この辺りを通ったらまた寄ってよ。今度は果実も混ぜてとびきり美味しいのを出してあげるからさ!」
 アンクに怯えることもなく、女は気さくげに話かけ続けてきていた。

 冷たくて、甘くて、美味しい、ね。

 アンクはいきなり姿を本来のグリード体に戻すと、一気に空へと舞い上がった。

 気が削がれた、それだけだった。

 地上で女が驚嘆の声をあげていた。







 だらだらと過ごす日々。
 同胞であるグリードたちから離反し、王に荷担して幾日が経ったのか。
 出窓の枠に腰掛け、城下でせっせとヤミーを造っては喜びの雄叫びをあげるウヴァを鬱陶しげに眺めやっていると、背後に気配を感じた。一瞬にしてかなりの距離を飛び退く。
 アンクの行動に一早く気付いたのだろうカザリの姿がそこにあった。
「アンク。最近、人間に近づき過ぎじゃないの? よく町に降りてるって聞くけど。その割にヤミー作ってる様子もなさそうだし?」
 探りを入れてくるように近づいて来るカザリ。鬱陶しいという感情を思いっきり全面に押し出して、アンクはいつでも攻撃に移れる体勢を取る。
「僕たちを倒そうとしているオーズに加勢する気じゃないよね? オーズは僕たちを消す気なんだよ?」
「それがどうした」

 いちいち俺に指図するな。意見するな。
 何もかもが、苛々する。

 近付いて来ようとするカザリから逃げるように、アンクはテラスを目指す。
「俺は俺のやりたいことをやるだけだ。お前には関係ない」
 胡乱気にこちらを見遣ってくるカザリを見ることも無く、アンクは再びテラスから空へと飛び立った。







 ただ気が向いただけだ、と自分の中で言い訳めいた言葉が浮かんでは消える。
 羽根を広げ、ゆっくりとあの氷菓子を食わされた土地に降り立った。

 崩れ落ちた壁。散乱する瓦礫。家だった建物から煙が立ち上る。
 戦禍に巻き込まれたか。
 逃げそびれた住民たちがあちこちで息絶えた姿で転がっていた。
 あの女がいた家があった場所へと足を向けてみれば、仰向けに転がる女の姿があった。見開いた目は虚空を見つめていた。

「脆い体だな。人間ってやつは、こうも簡単に壊れるか。つまらん」

 そう言い捨てたところに、まだ戦闘中だったらしい兵士たちが空から舞い降りてきたアンクを驚異の眼差しで見つめ、取り囲む。
 王が話す言葉とはまた違う言語が聞こえた。中央から派遣されてきた騎士団の一つか、と見当を付ける。
「異教徒」「悪魔」そんな単語を聞き取った。
 アンクは面倒臭そうに周囲を眺めやり、気だるそうな動きで右腕を振り上げた。
 一瞬にして爆風を伴った炎が掛け巡る。
 まだ村の形を残していた風景を、完全に焼き払ってしまう。そのまま、アンクは再び上空へと舞い戻った。

「ふん。結局、冷たくて美味いってのは解らないままだったか…」

 あの王には、それを聞く気にはならなかった。なんだか借りを作るようで腹が立つ。絶対に聞いてやるものかと思った。


 それは、長い長い眠りが訪れる、あの戦いが起きた日の、僅かに前の出来事だった。

 オーズの力の暴走、王の欲望の暴走。アンクへの裏切り。それによる長い眠り。

 伸ばした腕が切り落とされる。初めて、憎悪と絶望という感情を理解した気がしたが、それもすぐに終わった。
 暴走の果てに人としての肉体すら維持できなくなった王の体をメダルは棺の様な形に変え、ゆっくりと封印という長い眠りをグリードたちに誘った。
 呆気ないものだった。
 こんなにも呆気なく終わるのかと、薄れゆく意識の中で思ったものだった。














「アンク! おい、アンク!」  
 うるさい。真横で怒鳴るな。
 全く、使える馬鹿なのか、ただの馬鹿なのか。
 人選を誤っただろうか。今更にぼんやりと考える。
「アンクっ! お前、また勝手に食って! って、お前、お金払ってないだろ! あ、すみません。こいつのアイス代、これで」
 ペコペコとアイス屋に頭を下げる映司を横目に、アンクは無言のままにアイスキャンディを口へと運ぶ。
 目覚めて、人間に合わせて行動し始めて、真っ先に目に入ったアイス屋が売るアイスキャンディーという存在に釘付けの日々だった。
 見付けては問答無用で手に入れる。人間社会のルールに則って、後から駆け付けてはお金を払うのに必死な映司のことなどお構い無しに振る舞う。

 なるほど。これが冷たくて甘い、か。

 口の中に広がる、味。食感。

 確かに、美味いな。

 隣で切々と文句を並べている映司を完全に無視して、アンクはひたすらアイスの食感を堪能する。

 食べ終えた一本目のアイスの棒を見詰め、ふと思いを馳せる。
 あの時の、あの氷菓子もこんな味わいだったのだろうか。
 それを確かめる術が何一つ無いことが、少し寂しいと感じた。

 







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11.9.12


約800年前、1200年代の欧州。神聖ローマ帝国の時代!というところから思いっきりハマったオーズ。
元々、腕アンク可愛いよ!怪人・怪物好きだよ!と面白がって見てたけども、ハマり方が明らかにおかしい。

「ユンカー」っていう「土地貴族」という意味で訳されてる単語は元は「ユンクヘーレ」と呼ばれていて、そもそもが「ユング・ヘル(若殿)」という言葉が訛った単語で、要するに「公爵や伯爵の子息」という意味の言葉から来てる単語。
今では使われてなさそうなとユンクヘーレを使うか近代で使われてるユンカーを使うか、どうでもいいことでかなり悩んでた。
本当にどうでもいい。

神聖ローマ帝国は、帝国と呼ばれる連合体で、中世に現在のドイツ、オーストリア、チェコ、イタリア北部を中心に存在していた政体で首都はなかったそう。

神聖ローマ帝国時代のドイツ地方はまだ一つの国という形で纏まっておらず、何十もの王国、公国、大公国などが点在している状態。ハプスブルク家・オーストリア帝国が主導権を握って一つの枠に収めようとしていた感じ。(発想としては現在のEUに近い?)
主導権を握ったオーストリアは神ロを何とか纏めようとしていていくけども、やっぱりそれぞれの王国、公国がそれぞれの権限を主張するからなかなか纏まらない。

13世紀半ばには皇帝不在の大空位時代(1257年〜1273年)があり、皇帝権が揺らぐという事態まで引き起こしてたり。

その後も欧州のど真ん中という位置にあることから、ドイツ地方は常に戦場で結構大変だった模様。

ちなみに、貴族の家督を継がない次男以降の息子たちは他の貴族の小姓として仕えたり、騎士団に従事して戦ってたりしてたそうで。
おそらくそんな時代が1200年代。

中央と言い方をしてしまってるが、たぶん、色々な権力を握ってたロ.ーマ教.皇のことかな…

欧州には、ローマ帝国(正確には西ローマ帝.国)に由来のある者(それを妻に娶った王など)にしか「皇帝」という地位を名乗ることは許されないという暗黙のルールがあった模様。
それ以外の者は「王」を名乗るしかない。
そんな暗黙のルールをぶち壊して新時代を到来させちゃったのが、ナポ公。ローマ帝.国も関係無しにいきなり「フランス皇帝」を名乗った男。
その後の欧州は、勝手に皇帝を名乗るのも有りか!となってくる。18世紀に統一されて出来るドイツ帝国とか。


ついでに、どうでもいいこと。 現在のアイスの原型が出てくるのは1500年代からだけど、アイスキャンディ、アイスクリームへと繋がる氷菓子の存在は紀元前のロー.マ帝.国時代から存在していたようです。
それを突き止めて「よっしゃぁぁぁ!」と意味不明な雄叫びを上げました。