※「ずっと一緒に」の映司さん視点。MOVIE大戦MEGAMAXの後の話。
そばにいる
その日、夜明け前に目覚めた映司は、傍らにアンクの姿が無いことに気付き僅かにだが焦りを感じた。
「アンク…?」
小さく呼んでみるが、返事が返ってくることは無かった。
手早く着替え外へと駆け出す。アンクが行きそうな場所をとりあえず回ってみたが、どこにも姿は見えなかった。
今日、だったのか? やっぱり今日なのか…?
四十年後という年は分かっても正確な日時までは分かっていなかった。四十年前の日付と全く同じ日に繋がっているのか、確証はなかった。
ただ、日付は違うが、四十年前の十二月の第一土曜日という日には警戒を強めていたのだ。その話を昨夜アンクと詰めて話したばかりだったのに。
やはりアンクは一人で行ってしまうのか。
アンクが復活を果たしてから十年ほどは二人で仕事も兼ねてあちこちと旅をして回った。
十年ほど経った辺りからアンクの言動に変化が現れた。
あの年が分岐点だったのかな、と映司はぼんやりと思うことがある。
それからの二十年は、アンクが夢にうなされることが増えていることに映司は気付いていた。それはつい最近まで続いていたことだ。
俺、やっぱり無茶やらかして早死にする可能性が高かったんだな、としみじみと思い知らされた。
アンクが幾度と無く夢に見る世界。どちらが現実か分からなくなるほどにリアルなようで、あのアンクが取り乱すことも度々あった。
映司が早くに逝ってしまっているもう一つの結末。映司を亡くしてからも、この来るべき日の為に一人で生き続けたアンクの姿。
一度は起きていた現実なんだろうと思う。
それを映司が一日一日と塗り変えているのだ。映司が早死にすることなくアンクと共に過ごす現実を作って。
でも、アンクはそれを知らない。夢を見て飛び起きて、グリードが夢なんか見るのかと怒鳴り散らして。
二つの現実に混乱し錯乱することもあった。その度に俺はここにいると伝え続けていた。
映司の為に生き続けてくれた怪人。変わらず口は悪いし態度は横柄だし俺様だし。なのに、それのなんと愛しいことか。
アンクが消えて、いなくなって、いないことに耐えられなかったのは俺の方だったのに。
映司の望みの為に復活を果たし、人に近い感覚を得ていながら人を凌駕する力をも持ち得ながら、映司に先に逝かれることを何よりも恐れているアンク。死ぬときは俺のコアを先に砕いていけと宣うほどに。
アンク、俺はお前を一人にしないって四十年前のあの日に誓ったんだよ。お前に寂しい顔は二度とさせないって決めたんだよ。
おそらく、一人時空の歪みへと身を投じたのだろうアンクを思い、映司は空を見上げた。
四十年前、俺の前に姿を見せた時と同じように、お前は俺がいない記憶を抱えて時間を越えたんだな。
それは、きっと鴻上が言うところの必然というやつなのだろう。
変えることの出来ない事象。変えてしまえば、アンクの復活はおろか全てが無に帰する。
ミハルだってポセイドンどころか己の弱さに打ち勝つことが出来ないまま終わってしまうだろうし、映司もアンクの孤独に気付けないまま早死にの人生を迎えているのかもしれない。
アンクのあの眼差しに秘められた愛しさ寂しさに気付けたから、自分の体を大事にするという選択肢を選ぶことが出来たのだ。
自分を大事にすることが大切な存在を守ることに繋がるなんて、それまでの映司には知り得ないことだった。
自分のことは常に二の次で、いつもそのことで伊達や比奈から怒られていた。
あのアンクに出会えたからこそ、その意味に気付けたのだ。
アンク、俺はここで生きてお前を出迎えてやるから、絶対に四十年前の俺と一緒に戦って勝って無事に戻って来いよ。
アンクを探し回って数時間、映司の元に鴻上から四十年前という時代からメダルが届いたこと、ポセイドンが暴走したこと、時空に歪みが生まれたことが伝えられた。
鴻上は時空の歪みを通して四十年前に通信を送ると言う。
四十年前、鴻上は四十年後の自分から情報を得ていたらしい。
今頃だが、なるほどと思う。鴻上の把握していた情報の的確さが尋常ではなかったはずだ。ポセイドンの取るだろう行動まで先読みしていたのは、これだったのか、と苦笑する。
だったら、ミハルにポセイドンのベルトを渡さないという選択肢はなかったのかと聞けば、それも考えたらしい。
が、ミハルにベルトが渡ることもやはり避けられない必然だったのか、水を怖がり変身することも戦うことも出来ずに落ち込むミハルを心配する仲間が、鴻上の元へ助けを求めて来たのだという。
だから、鴻上は逃げ出していたミハルのいる位置を簡単に知ることが出来、簡単に接触することが出来たのだ。
どう考えても危険物以外の何物でもないポセイドンのメダルとベルト。四十年前のあの日、未来から来たポセイドンの情報を得て「失敗だと先ほど分かった」と悲しんでいたにも関わらず、それを鴻上は結局完成させるに至っていた。
その制作過程でスーパーコアメダルが生まれているのだから、やはりポセイドンのメダルとベルトは作る以外に選択肢は無かったことになるのだろうか。避けられない事象として。避けてしまえば、アンクの復活は遠のいていたのかもしれない。
完成はしたものの、結局はメダルに意志が生まれ、破壊を求める暴走を起こすことが分かっていることから、失敗作として破棄しても良かったはずだ。しかし、未来の鴻上が破棄はするなと伝えてきていたようだった。
なので、そのままずっと、余計な改良を加えることもなく社内の保管庫で眠っていたという。
「過去の君をあれ以上困らせるようなことは無いはずだから、安心したまえ!」
そう言う鴻上に、「過去の俺が負けたら、今ここにいる俺も鴻上さんもいきなり消えるでしょうね」と少しばかりの嫌みを込めて言い返してやった。
メダルは、自分の弱さに打ちひがれ、大切なものを守ることも出来ない不甲斐なさに嘆き、それでもどうにかしたいと、戦う力が術が欲しいと泣き叫んでいたミハルの心に、オーメダルらしくいうならば欲望に共鳴しミハルの元へと届いたのだろうか。
真木と共に時空の歪みに消えていたはずのメダルたちは、時を越えミハルの元へと出現することで消滅を免れたということになるのか。
つらつらとそんなことばかり考えてしまう。
アンクの帰還はいつだろうか。時間を越えるという感覚はデンライナーと関わった時に体験しているが、自分に影響を与える時間への接触というのがこれほどに悩ましいこととは思わなかった。
それでも、変えることが可能な未来ならば努力で変えてやると頑張ってここまで来た。アンクを一人残して逝くものかと、本当にいろいろと走り回ったのだ。自分の体を大事にするということがこんなにも大変だとは、若い頃の自分には分からなかったことだ。
俺の望みの為にお前を復活させておいて、お前を一人残してさっさと逝ってしまった俺をお前は恨めしく思わなかったのかな。
それでも、四十年後のこの日の為にお前は一人で生き続けて。お前は、何を思いながら一人で過ごしてたのかな。
四十年前に自分の前に姿を見せてくれたアンクを思い出す。
あの時、アンクと再会出来たからメダルの修復とアンクの復活の研究を諦めずに続けられたのだ。何度も挫けそうになりながらも、続けられたのだ。
「いつかの明日」を目指して走り続けることが出来たのだ。
そのお前は、あんなにも穏やかに、切なさを秘めたまま穏やかな表情を俺と比奈ちゃんに向けていた。見せていた。
最後まで何も言わずに、ただ「きっちり生き残れ」と、また俺に生きるための道標を残してくれて。
本当に、お前はいつもいつも言葉が足りないんだよ。
そんなお前から寂しさと切なさを感じ取った、鈍い鈍い言われまくってた俺の必死の感性を誉めて欲しいよね。
鴻上のビルから空を眺めるだけの時間。
西の空に赤い光を見た気がした。
「アンク…?」
駆け出そうとする映司に、鴻上から四十年前での戦いが終わったようだと知らせが入る。
やはり、アンクで間違いないようだ。
鴻上のビルを出て、ライドベンダーに乗って赤い光りを見た方角へと走り出す。
帰還したアンクの向かう先を考え、もしかして、と映司は気付いた。
時折、物思いに耽るように住宅街から少し離れた高台を見つめていたアンクを思い出す。
きっとあそこなのだろう。
空を舞うアンクを追うように、映司もライドベンダーを走らせた。
赤い羽根が高台へと舞い降りるのを見る。
ライドベンダーを駐輪スペースに停め、映司は必死に階段を駆け上がる。
呆然と墓地の中で立ち尽くすアンクの背中が見えた。
記憶にあるのだろう映司の墓を探しているのか。
息を整えながら映司は出来る限り明るい声を出すように努めた。
「ここが俺の墓の予定地?」
びくりと驚きに跳ねるアンクの肩。どうして? という顔で振り返る。
目一杯の笑顔を作ってやる。
「お帰り、アンク。お疲れさま」
「映司…?」
混乱しきっている様子のアンクに、映司はゆっくりと腕を伸ばしその頭を抱き寄せた。
「俺はここにいるよ。まだ生きている」
「頭の中がぐちゃぐちゃだ。俺は狂ったのか? なんで、お前の死をみてるはずなのに、昨夜もお前と一緒にいた記憶が残ってる?」
ああ、やっぱりお前は一度俺の死を看取ってくれてるんだな。
あの時のお前は、ずっと一人で今日までを過ごしてきたの? でも、この二つの記憶の混乱も今日で終わる。俺の地道な努力による記憶の塗り換えは、きっと今日で終わりだから。
これからは、まったく予測の付かない日々が続くよ。もう、起こり得たかもしれない俺の死に怯えないでいいんだ。
これからは何が起きるか分からない日々にどきどきしながら二人で過ごそう。
俺は絶対にお前を一人にはしないから。お前に寂しい顔はさせないから。
混乱してよろめくアンクの背中をぽんぽんと叩いて宥めてやりながら、映司はゆっくりと語った。
「何度でも説明してあげるよ。俺の努力とバタフライ効果の現象についてね」
「バカ映司。俺の、記憶まで、勝手に、塗り変えるな」
嗚咽に混じって零れ落ちるアンクの言葉に、映司は優しく笑い続ける。
また旅に出よう、そんな話をする。
アイスが美味しい地域がいいというアンクに、アイス巡りの旅もいいねと返す。
そして、映司は最後の大締めの仕事が残っていることをアンクに告げる。
「これはたぶん、アンクじゃなくて俺の仕事。前は鴻上さんがしたのかもしれないけど、今俺の手元にあるってことは俺がするべきことなんだと思う」
「回りくどい」
アンクのぼやきに映司が苦笑を浮かべ、それから、アンクと同じように戻ってきているだろうミハルに会いに行くと伝えた。
「あ?」
予想通りの反応にやはり笑いが浮かぶ。
ポセイドンとの戦いのあと、もう一つの戦いが起きているのだ。その為に必要なことをしなくては、本当の意味でのアンク復活は無に帰するだろう
。
「俺が消えるのも嫌だけど、アンクが消えるのはもっと嫌だからね」
「俺だって無意味に消えるなんざ御免被る」
その為には、映司の持つスーパーコアメダルを四十年前の映司に渡す必要があるのだ。四十年前に起きたそのままに、ミハルの手によって。
「コアメダルを手放すのか?」
怪訝そうに聞いてくるアンクに映司は軽く首を振る。
「俺にはアンクが取り戻してくれたコアメダルたちがあるから。それに過去の俺に渡せばどのみち俺の手元に戻ってくるわけだし。というか、俺が俺に渡すだけだから手放すというわけじゃないよ」
「????」
「このスーパータトバは、今の俺にじゃなく、あの四十年前の俺にこそ必要なものなんだ。だから、届ける必要がある。それこそ、きっちり生き残る為にね」
「……、」
いやに強調していう最後の言葉にアンクが舌打ちをした。かつて自分が言ったセリフを映司がなぞるように言ったと気付いたらしい。
アンクには先ほどの出来事だが、目の前の映司には四十年前の出来事であるはずなのに。まだ覚えてやがったのか、と一人ごちるアンクに映司は愉快そうに笑うだけだった。
「長い戦いだったな」
「…?」
「今日までが戦いみたいなもんだっただろ、アンクには」
「……」
「ありがとう、お疲れ様」
「…なんだ、いきなり。気色悪い」
「アンクがいるこの時代を取り戻せてよかった」
映司の指がゆっくりとアンクの髪を撫でる。
アンクは軽く目を閉じそっと息を吐き出した。それから小さく、「ああ、ただいま」と呟いていた。
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12.3.8
バタフライエフェクトな現象が起きれば、当然のようにタイムパラドックス(時間の逆説)も生じる訳で、それを、これがこうなるとあれがこうなるかな、とか真剣に考え込みそうになって止めた。平行世界作った方が楽じゃん!となるけど、安易な平行世界って好きじゃないので、意地でも記憶の塗り替えにこだわってみたけど頭パーン!なりそうになるね。
因果律がどうのまで考え込まないといけなくなる…。
映画MEGAMAXの話が「絶対に必要な事柄」とした場合、それを崩さずに、どこまで過去が未来に干渉できるのか、未来が過去に干渉して現在がどこまで変わるのか。
歴史の流れの中でアンクの時間越え自体が折り込み済みだとして、……タイムパラドックスって理数な頭じゃないと理屈付けするのって大変ですね。(遠い目)
バタフライエフェクトとタイムパラドックスで話が進んでいた電凹本編、マジすげぇわとか今更思った。
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