※ 比奈ちゃんと出会って間もない辺りで。

 

 

欲望、願望、切望

 

 

 

 

 

 

「なあ、アンク」
 映司を地上に置いて、いつもの様に一人木の上で涼みながら携帯端末をいじっていれば、妙に乾いた声音で名を呼ばれた。
 人の名を呼んでいながら、関心の薄い言い方に若干ながら腹が立つ。
 なので、声は出さずに「何だ」と目だけを向けて応えてやる。しかし、当の映司はアンクの事さえ見えていない。全く腹の立つ男だ。
 映司は、アンクが視線を向けてきたことを気配で感じ取ったのだろう、勝手に話を続けた。
「お前ってさ、800年前に造られたんだっけ? 封印されたのが800年前?」
「あ”? 前に、800年程前と説明した」
「いや、だから、」
「人間どもの感覚での時間なんか知るかっ」
「ああ、そう…」
 大雑把な時間の計算しか出来るわけもない。かつて、人間どもの欲望を食いながら生きていたあの時代が、眠りから覚めた現代から見て800年以上も前のことだと携帯端末をいじりながら理解したときは、どうにも奇妙な気分に陥ったものだった。
 今でこそ、人間どもは時代に年号を振って分かりやすく計算しているが、あの時代にはまだそんな習慣は無かった、と思う。少なくとも、アンクはそういうものを聞いたことはなかった。
 それよりも、なにより、欧州の地で眠りに就いたはずだったのが、目覚めてみれば、見覚えも聞き覚えもない極東の島国にいたのだから、驚く以外にどうしろというのか。
 何で移動しているんだ。と始めの頃こそ思ったが、それら全ては鴻上の仕業だと今では分かっている。何が目的か、あの男は欧州の地からグリードとオーズが封印されていた石棺をこの日本という国に持ち帰っていた。そして、同じくオーメダルも持ち帰り、その研究をも進めていたのだ。
 何が目的での研究なのか、それすら今尚分からないでいる。
 それもまた腹立たしいことであった。




 オーメダルが造り出された800年前のあの時代、「世界」は現在のヨーロッパと呼ばれる大陸を指していた。
 当時の人間にとって、その地の征服が世界を手に入れることと同意だといえた。
 繰り返される支配権を巡っての闘争。静まらない大地。かつての帝国をもう一度造りだそうとしていた人間たち。
 王侯貴族をまとめようとする者、利用しようとするもの、己の権利を主張し続ける者。
 そんな中、大陸の中央に位置する領地を治める一人の王が錬金術師を集め始めたという。
 世界を手中に治める力を得る為に。金に糸目を付けずに研究に没頭した。地上に現存する生物たちの力を人間に還元できないか、と。
 他を圧する力。
 激動の大地を鎮めるには圧倒的な力による支配が必要だと、そう考えたのだろうか。
 近隣諸国の者たちに知られることなく研究を進めなければと王は考えていたようだ。決して他国の者には知られてはいけない、と。
 そして、集められた天才と賞賛するに値する錬金術師、魔術師たちの持つ科学的な知識、技術は素晴らしいものがあった。
 錬金術師たちも王の資金で好きなだけ研究が出来ることから、かなり乗り気でやっていたようでもあった。
 地上の生物たちの力をメダルに凝縮する。
 それは、魂を練り混み、混ぜ合わせ型枠にはめ込むような所業だったのか。
 メダルは五種類が作り出された。大地を支配する猫科の虎、ライオンなどの肉食獣たちの力。大空を支配する猛禽類の鷹、コンドルなどの鳥たちの力。それぞれの王というべき存在たちの力を宿したメダル。
 しかし、その力が凝縮されたメダルからどうやって人間に力を還元するか。力を引き出す方法を模索することの方が難航したようだった。
 しかし、事態は思わぬ方向へと転がり出す。
 十枚一組という形で産み落とされた各メダルたち。
 研究に使う為にそれぞれを一枚ずつ抜き取っていたことが、無機質のメダル、だが、生物の魂を練り混むようにして作られたメダルに魂ともいうべき欲望という名の自我を持たせることになったのだという。
 不完全という形が完全な姿になりたいという欲望を産み落としたのだと。
 その自我は、メダルに凝縮された巨大な力を利用し、肉体ともいうべき姿を作り出す。その副産物として、自我を保つコアメダルを守るように囲う大量のセルメダルが生み出されていった。

 人の欲望から作り出されたコアメダル。そのコアメダルから生まれ出でた怪人グリード。

 想定外の出来事とはいえ、思いのままに操れるのならば、最高の生体兵器に成り得ただろう。
 しかし、彼らグリードは足りない、満たされないと叫び嘆き、暴れ始める。
 本能の命ずるままに欲望のままに動き、されど永遠に満たされない乾いた欲望に翻弄され、最後には人間ごと世界を丸ごと食い尽くしてまで暴れ続ける。

 それは、人間を遙かに越えた力。

 王は、錬金術師たちにメダルの力を最大限に引き出す技術の研究を急がせた。
 メダルの研究は成功だったはずだ。しかし、大きすぎるメダルの力が自我を持ち暴れ出してしまったのは失敗だといえた。
 純粋に力を利用するためだけに作り出されたはずだったのに。  
 そして、完成したメダルの力を読み込み発現させる道具。後にオーズドライバーと呼ばれるもの。
 メダルの力をスキャンする形で、その所有者にオーズという力を与える。
 オーズという力で王は、自らが生み出してしまったグリードを倒し封印する行動へと出る。
 幾度となく激突したオーズとグリードたち。
 しかし、戦いを繰り返す内に、王はこの力こそが熱望したものだったと気付き、歓喜する。人間を越えた力をその身に収め、自らが操り使いこなすこの力に、狂喜していった。
 そんな中、アンクは仲間ではないが同胞ともいうべきグリードたちから離れ始める。生き残る為の算段として、王の側へと荷担したのだ。 

 一度は世界を手に出来る地位にまで登り詰めておきながら、権力闘争に破れその座を追われた男。
 それでも世界を手にすることを諦めずにいられなかった男。
 頭にあるのは、己を玉座から排除した抵抗勢力への復讐と世界を思うがままに動かす神にも等しい力。
 実にこの時代の人間らしい欲望ともいえた。

――馬鹿な人間どもにやられて堪るか。消えてなるものか。倒されてやるものか。この男の欲望を利用し、今以上の完璧な存在、体を手に入れてやる。人間どもを食いつくす存在になってやる。

 戦いに勝つのは俺だ。そのはずだった。
 本当に、人間の欲には果てが無い。呆れ果てるほどに。
 欲望は人間を暴走させ、暴走は人間を哀れなまでに粉々にする。

 あの夜。最後の決戦の夜。他のグリードたちを追い込み、勝敗が見えてきたあの時。
 味方に付いていたはずのアンクのコアをも寄越せと、その腹を貫き、自分たちにとって心臓、命とも言えるコアメダルを引きずり出してくれた王。
 不死に等しいグリードを倒すほどの力を宿したオーズの力は、王から理性を奪い取っていた。ただただ、力を求めるだけの暴君になり果てていた。

 オーズの力は、暴走の果ての王を封印の器に変貌させ、グリードである自分たちを永久の眠りへと誘ってくれたのだ。


 だから、人間なんて生き物は信用出来ない。油断した俺が悪かったのか。
 俺は、王を少なからず信用してしまっていたのか?
 今となってはもう分からない。あまりにも長い時間が経ちすぎていた。長い時を眠り過ぎていた。

 今、目の前にいる映司という名の男とは真逆な存在だった、ということだけは理解できる。青臭い他者への哀れみ、正義感などという感情は微塵も持ち合わせていなかった王。
 皇帝の座を目前にしながら引きずり下ろされるまで、この男がどのような人間だったのかなど知りはしない。玉座を巡る権力闘争がそこに蔓延る欲望が男を変えたのかもしれない。が、そんなものはグリードにはどうでもいい話だった。
 事実、王は欲望の固まりとして自分たちの前に立っていた。望んでも望んでも満たされぬ、哀れなまでに貪欲な姿で。
 しかし、グリードである自分からすれば、欲望にその身を委ねる姿の方がよほど人間らしく見えた、気がした。今となっては。

 人間らしい欲望を見せない映司は、伊達の言葉を借りるならば「不気味」というやつだ。
 映司からは、生物の根本にある生への渇望すら感じられない。

 目の前で困っている人がいたら、手を差し伸べずにはいられない?

 それは、少し違うな。そんなことをたまに思う。
 この男、映司から感じ取られる他者を守りたい欲求?正義感?そういうものがどこか変質して見えた。
 後藤の方が実に分かりやすい単純明快な正義感という欲望を持っている。


 お前のそれは、ただ、生きていることの許しが欲しいだけだろ。存在していくための理由付けが欲しいだけだろう。それとも―――。
 それを言えば、この男はどんな顔をするだろうか。


 誰かの為に死ねたら、それこそ本望だとか言いそうだ。

 まったく反吐が出る。


 それは、残暑のきつい日のことだった。
 木の上で暑さを凌ぎながら、アンクは穏やかな笑みを浮かべてベンチに座る男を見下ろした。

 生きているのに、生きることに執着しないこの映司という男が、アンクには非常に腹立たしく思えて仕方がなかった。
















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12.02.18

「怪人伝」を読んでたら、800年前の出来事ってそういう設定だったの!?と驚いたんですよ。
いや、それらしき事をアンクか会長が仄めかしてた気はするな?とか思いつつ、映司の人物像などをあれこれ考えてたら、なんか殺伐とした雰囲気の2人になった。