ただ、そばに
深夜に教皇宮に足を踏み入れれば、そこは人払いされている様で静まり返っていた。
執務室からも人の気配は感じられず、デスマスクは素通りする。そのまま教皇の私室へと向かった。
軽くノックをする。
すでに気配か小宇宙でデスマスクの到来に気付いていたのだろう、中から「開いている、勝手に入れ」と聞こえてきた。
重厚な扉を押し開けば、何か焦げたような匂いに気付く。
「何やってんの?」
私室の奥、申し訳程度に作られている小さなキッチン。せいぜいお茶を入れるくらいにしか使われないスペースだ。そこにサガはいた。なぜか小振りのフライパンを握って。
「デスマスク。料理というものは、常にやっていないと基本的な調理法まで忘れてしまうのだな」
もの凄くうなだれた様子でサガはフライパンを見つめて呟いていた。
「何を炒めてんだよ、これ?」
「教皇の座に就いてから、もう何年も料理というものをしていなかったと思ってな。気分転換に何か作ろうと思ったんだ」
人の話は聞いていないのか、サガはフライパンから目を逸らさないまま呟き続けた。
「あの、サガ様? 俺の声聞こえてます?」
「なぜ、こうなってしまうのだろうか。何が足りなかったのだろうか」
人の話は聞く気が無いらしいサガは、一人芝居でもしているかのようだ。
デスマスクはフライパンの上で半焦げになっている物体を一摘みし、口に入れた。
「チーズだな。これサガナキか?」
「ああ。しかし、焦げた上に味が薄い」
「焦げ防止にもなる油が足りないのと、調味料を入れ忘れてんだろ、これ」
今の今までデスマスクの方を見もしなかったサガが、もの凄い勢いで振り向いた。
デスマスクの顔を見つめ「それだ!」と嬉しそうに声を上げる。そして、そのまま再びうなだれた。なんとも面倒臭い反応をする男である。
「こんな基本的なことさえも忘れてしまうのだな。昔はカノンによく料理をしてやって食べさせていたのに…」
「まあ、こんだけ執務に追われてりゃ、料理の仕方を忘れることもあるさ」
ぽんぽんとサガの肩を気安く叩き、デスマスクはフライパンをサガから奪い取る。
「焦げはこんなもんだろ。しかしまあ、完全に焦げを入れる前にレモンと胡椒を入れたいところだが。後付けで何とかなるか?」
ぶつぶつと言いながら、デスマスクは狭いキッチンスペースを見回し、他の食材や調味料を探した。
「これ、あんたが用意したの?」
「神官に頼んで持ってこさせたんだ。適当に見繕ってくれと」
それはさぞかし神官も驚いたことだろう。教皇様は何をするおつもりだと。
「なるほどねぇ」
ジャガイモやパンなどもある。結構な食材が狭いキッチンに押し込められていた。
「先に何を作るか決めてから頼めよ、あんたも」
「ただ無性に何か作りたくなったんだから、仕方が無いだろ。ちょうどチーズが目に入ったから、サガナキなら簡単でいいかと思ったんだが…」
「油を忘れてちゃなぁ」
その言葉に、サガはますますうなだれてしまう。
サガナキとは、熱した小振りのフライパンでチーズを油で炒めるだけの簡単なオードブルだ。溶けたチーズにレモン果汁や胡椒などで味付けをしたりするのだが、それを忘れた為に味が薄いと感じる代物になったようだ。
見付け出したレモンを絞ってから胡椒を軽く振りかけたデスマスクは、焦げの入ったサガナキを皿に盛った。
「まあ、このチーズだけでも十分に美味そうじゃん。それに一回作り出せば感覚もすぐに戻るんじゃねぇの?」
そう言いながら皿を傍らに置くと、今度はパンを薄く二、三枚スライスする。
「あんた晩飯は?」
「食べたよ」
「そう。そんじゃ、これ、俺が食ってもいいわけ?」
「それをか?」
「俺、任務から戻ったばっかで腹減ってんだよ」
「なら、何か違うものを作って――、」
「これで十分だって。パンもあることだし」
サガは何とも言えないという顔つきで、さっさと皿を広間のテーブルに持っていくデスマスクを見つめていた。
サガナキというチーズ料理をパンと一緒に食べ終えたデスマスクは、サガが持ち出したギリシャワインを嬉しそうに眺めた。
ラベルには見事にラテン語だらけである。
さすがにラテン語まで極めていないデスマスクには、そのワインの原材料や産出地が読めなかったが、サガが楽しそうに持ってくるということは結構な上物なのだろう。
「いいねぇ。愛しい人の手料理に、上物らしいワイン」
「……さらりと何を言っているんだお前は」
「きっつい任務だったが、なんか報われた気分だなぁってね」
軽く目を伏せ、サガは薄く微笑する。
「お前には、いつも厄介な事象ばかり回して申し訳ないと思っているよ」
「そう思うなら、労ってくんね?」
「どうやって労る?」
「俺、疲れてんだ。隣に座ってよ」
若干不思議そうな顔をしながら、サガは向かいのデスマスクの座るソファに移動した。
デスマスクの隣に腰を下ろせば、デスマスクが遠慮なくサガに凭れかかってきた。
「こら、デスマスク」
「いいじゃん。労ってくれんだろ?」
「これが?」
「これが」
デスマスクの持つグラスにワインを注いでやりながら、サガはやはり微笑を浮かべるだけだ。
ゆったりとグラスを揺らし、ワインの色と風味を楽しむ。その横で行儀悪くサガに凭れ掛かる体勢で、デスマスクはワインを一気に煽っていた。
グラスが空けばサガは注いでやり、デスマスクは一気に飲み干す。それを数回繰り返していると、サガはワインボトルをテーブルに置いた。
凭れる場所を失ったデスマスクが不満げな顔をするが、サガは気付かない。
「空になった。別のを持って来よう」
そう言って立ち上がろうとするサガの腕を掴み、デスマスクは引き留める。
「酒はもういいよ。あんたはここに座ってろって」
「デス?」
グラスを置き、デスマスクは本格的にサガに体重を掛けてきた。
ずるずると滑るように体を動かし、なぜか膝枕状態で落ち着く。
「デス、どうした?」
「あんたがさ、何を思い悩んでるのかなんて俺はどうでもいいし、気にしない。あんたがどう思っていようと俺の意志は変わんねぇ」
そう囁くように言い、デスマスクはサガの頬に手を伸ばす。
「デス…?」
「俺は俺の意志でここにいるし、あんたから離れる気もさらさら無いんだよ」
「……」
「愛しいダーリン。来なよ」
「デス。私は…」
「ほら、さっさと来いよ」
サガはゆっくりと上体を屈め、デスマスクの頬をに唇を押し当てた。
くすぐったそうにデスマスクは笑う。
「あんたがいない世界には、俺は未練も執着もないんだぜ」
「そういうことは言うなと…」
「あんたがいるから、俺は生きてみただけだ」
「デスマスク」
思わず窘めるような声が出てしまうが、デスマスクは愉快そうに笑い続けるだけだった。
「だから、ダーリン。俺を死なせなくなかったら、最後まで足掻いててくれよ」
「………」
サガは頬に触れていた唇を、デスマスクのそれに当てる。唇を塞ぎ、これ以上の戯れ言は言わせないと口付けを深くする。
デスマスクはそれでも笑っていた。
「サガ。遠慮はなしだぜ?」
サガは軽く目を瞑り、浅く息を吐く。それから、デスマスクを抱え上げると、膝の上に座らせた。抱き寄せ、その胸に顔を埋める。
「サガは暖っかいなぁ」
楽しげにデスマスクは呟いていた。
ゆっくりとデスマスクの衣服をはぎ取っていく。肌蹴る端から口付けを落としていく。
デスマスクも負けじとサガの服を脱がしに掛かった。
始終上機嫌なデスマスクを、サガは目を細めて見つめる。
「疲れていると言っていなかったか?」
「疲れてるよ。だから、気持ちよくしてくれって言ってんの」
「余計に疲れるだろ」
「でも元気にはなる」
堪えきれずにサガは吹き出してした。
本当に、ああ言えばこう言う男である。
口の減らないことだ。
「ならば、お望み通りに。私の愛しい死の天使よ」
にんまりとデスマスクは笑ってみせた。
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13.01.09
らぶいサガニをリクエストして頂いて書いたはずが、死亡フラグを立てまくってるサガニになった気がする。
なぜだ。
ツイッタ診断「IDの中に○と○と○がある人のリクエストに応えてSS書くらしいよ」なやつで頂いたリク。
ゆらさんありがとうございましたー!
なんか、中途半端なところで切ったんで、次のサガニはもうちょっと深く書いてみたい。
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