完膚無きまでに
全国大会第一試合の相手は北海道・椿川学園だった。
寿葉っていう名前の可愛い女子マネージャーがいる学校だ。先日仕入れた情報によると、この可愛いマネージャーを青春学園など強豪校に差し向けて偵察を行ってたらしい。特に青学のちびっ子ルーキーを重点的に調べていたようだ。
ちなみに、我が氷帝学園にはこの偵察は来てない。まあ、来てたとしてもコートに近づくことも練習風景を見ることも叶わなかっただろうけど。でも、それでも偵察を試みようとするくらいはすべきだったかもね。関東大会初戦敗退でありながら、おまけの様な推薦枠で全国出場の今年の氷帝は恐れるに足らずと思っただろうその態度が運の尽きだ。
帝王の名を欲しいままにする男の感情を害するのに十分だった。
普段なら、試合当日の朝とか酷いときは試合直前などに平気で試合のオーダーを出したりする跡部が試合の二日前にオーダーを言い渡してきたのだ。
「全力で潰せ。条件は圧勝、瞬殺な。これ出来なかったら罰ゲーム」
「は?」
椿川戦に出ることになった選手達の目が点になるのは無理もなかった。
「そんなに強いんか、ここ?」
ジローが眠そうにしながら尋ねるも「うちを基準としての強さを聞いてるのなら、こいつらは弱いだろうな」と真面目くさった顔で言う。
「弱いと分かってる学校相手のオーダーがこれか?」
「なんか問題でもあんのか、この学校。このオーダーおかしくねぇ?」
「瞬殺を目的とするなら、これがベストだろ」
「何で瞬殺にこだわる!? 普通に勝てるオーダー作れよ! 偏り過ぎだろ!」
「圧勝する為のオーダーだ」
「何やそれ!? 自分で弱い言うておいて何やそのこだわり!?」
「いやいやいや。待てよマジで。明日は椿川に勝てば、そのまま続けて第二試合もすることになるんだぞ!」
「そうだぜ。明日一日で二試合するんだぞ! 主戦力レギュラーのスタミナ配分とか考えろよ」
忍足に宍戸、岳人が口々に反論するが効果は皆無と言えた。跡部は妙に意地の悪い笑みを浮かべたまま意見を変えようともしなかった。
「しゅ・ん・さ・つ・だ。それ以外は受付ねぇからな」
「いや、だからな…」
「ええとな、理由聞いてもええか?」
「理由? 俺様の気分を害した。それだけで十分だ」
「……えー…」
「いや、それ真っ当な理由になんのか?」
「瞬殺な。出来なかったら覚悟しとけよ」
「………」
「―――」
異様な威圧感にもはや反論も出なかった。
そして当日。
全国大会第一試合、椿川学園戦。
日頃のオーダー固定型というイメージを持たれがちの氷帝学園には珍しい意表を付いた組み合わせ。遊びは一切無し。文字通りの瞬殺と言える試合展開をやってのけ、相手校の気力を削ぐのに十分に貢献した。
そのままダブルス2、シングル2も圧勝という形で第二試合へ勝ち上がりを決めて、残りの消化試合であるダブルス1とシングルス1も圧勝してのけた。
だからと言って跡部から労いの言葉などあるわけもないんだけどね。
静まり返る相手校の選手達に見向きもしないまま、跡部は颯爽とコートから去っていった。取り残されそうになった宍戸や忍足たちが呆れた調子で顔を見合わせ、それから自分たちも跡部の後を追ってコートを出ていった。
「おい、萩之介」
「何だい?」
昼から始まる第二試合までの空き時間、跡部の傍らで今大会のトーナメント表などが載ったパンフを眺めていた僕に跡部が呼びかけてくる。
「さっき大会本部まで行った時に耳にした話なんだけどな」
「うん?」
「次の相手、熊本の獅子楽のやつらな、宮崎の練習コートで手塚とやりやったらしいぜ」
「次の相手の獅子楽って不動峰の橘が前にいたところだよね? 彼らは熊本でしょ?」
「ああ、その獅子楽。地理的に宮崎の練習コート使うことの方が多いらしいぜ」
「へぇ? どこでそんな話を仕入れて来たのさ?」
「あのガキ」
と言って跡部は僕らのいる位置より少し離れた場所にあるベンチを指し示す。そこには、健康的に日焼けした僕らよりも四、五歳くらい年下かな、と思える少女が座っていた。
驚くのは、その少女ではなく少女の側に立つ男だ。
「あれ、四天宝寺の千歳じゃない?」
「そう。あのガキは妹だそうだ」
「どうやって知り合うの、君は」
「本部前で勝手に迷子になっていながら偉そうに俺様に案内を言い渡して来やがったから喧嘩になった。で、千歳のやつが仲裁に入ってな」
「可愛い女の子相手に喧嘩なんて紳士的じゃないねぇ」
「あのガキが礼儀がなってねぇんじゃねぇか」
「ああ、はいはい。それで? 手塚がどうしたっていうのさ」
「手塚のやつが宮崎で療養中に、あのガキは少しだが一緒にテニスの練習をやってたそうだ。何か知らねぇが手塚のことを「ドロボーの兄ちゃん」とか言ってたな。今日、この会場に来て手塚が名の知れた選手だと知って驚いたらしいがな」
手塚絡みの話題になると本当に楽しそうに話すよな、跡部は。
僕は口元が緩みそうになるのを何とか堪えつつ、話の先を促す。
「宮崎での練習コートで獅子楽の連中に絡まれそうになったところを手塚が助けてくれたらしいが、本調子じゃなかった手塚を汚ねぇやり方で手こずらせたという話だ」
「やけに詳しく聞いてるね」
「途中から千歳による話しだがな。俺たちが次に獅子楽と当たると知った途端、あのガキが手塚の仇討ちしろなんざ言って来やがってな」
そういう跡部の顔には昨日も見たあの底意地の悪い笑顔が張り付いていた。
あーあ。獅子楽の皆さんご愁傷様、というところかな、これは。
「それでだ。樺地、レギュラー集めろ」
「ウス」
斜め後ろに控える樺地にそう指示を出し、跡部は僕の持つパンフを取り上げると緩く丸めて自分の肩をポンポンと叩く。何か思案顔だ。
「どうするの?」
「オーダー変えるぞ」
「今更?」
そう言いつつも、やっぱりね、と思ったのは言うまでもない。
椿川戦の時よりも容赦無いオーダーに組み替えそうだなと思い、それに対して宍戸や日吉達がなんと反論して、それをなんと言って押さえ込むのか。聞いてる方は実に楽しいものだった。
跡部は言う。
「今の俺たちにとっての本戦は青学戦だ。それ以外はお祭りだぜ。同じ祭りなら楽しむぞ」
楽しいのはお前だけじゃねぇか、という宍戸の意見はやっぱり無視される。
まったく、最後までやりたい放題な部長だね。
2007.9.16
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語りは滝で。これでも滝で。
今更ですが、滝の口調がよく分からない。ゲームのイメージを元にゲームよりもちょっと爽やか口調目指したら「誰これ?」状態に…。
青学に絡んだエピソードの相手校の2校共が初っぱなから氷帝と当たってることから、それに絡んだ小ネタやエピソードとか無いのかな!? と期待してたもんですが。連載当時は。
何もありませんでしたね。(笑)
せめて、手塚を困らせてくれた獅子楽戦は何かやって欲しかった…。なんてね。
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