夏休み明け

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休み明けの学校。
 休み呆けと言わんばかりの表情で歩いてくる生徒たちに混じって、優雅に気品溢れる姿勢で歩みを進める生徒が一人。その後ろにのそのそと付き従う巨体の生徒が一人。
 その二人の姿に気付いた者達は、一瞬動きを止め、それから、失礼にならない程度の小声でひそひそと囁き始める。

「本当だったんだ…」
「うわ。髪、短い…」
「でも、ちょっと可愛いですよね」

 人に見られることに慣れている跡部は、人の好奇に満ちた視線すら気にもしないらしい。相変わらずの態度で樺地を伴ってスタスタと歩いて行く。
 その光景を少しばかり先に校舎に到着していた宍戸と滝が眺めていた。

「あれから何週間経ったっけ? けっこう伸びたよね」
「あれ以上短くされなくてマジ良かったな」
「言えてる。あれ以上短いとねぇ。さすがに…」

 滝はそこで言葉を切り、曖昧な表情で濁した。

「跡部の坊主なんて、マジ怖ぇもんなぁ」

 いきなり聞こえた第三者の声にさすがの滝も飛び上がる。

「ジロー!?」
「お前、どうした? なんで朝からいるんだよ?」

 宍戸もいるとは思いもしなかったテニス仲間の姿に驚きの声を上げる。

「それ酷いっしょ。俺だって、始業式の日くらいはちゃんと来るぜ?」
「朝から跡部にどやされて起きただけだろ?」
「へっへっへ…。まぁねぇ」

 へらへらと笑いながら、芥川も視線を校舎に続く道を歩いてくる跡部の姿に視線を向けた。

「滝、知ってっか?」
「え? 何?」
「全国終わった後な、中途半端に刈られた髪を綺麗に整えようとしたとき、跡部、何って言ったと思う?」
「さあ?」
「めんどくせぇから、このまま坊主も良いな、って澄ました顔で言ったんだぜ?」
「うわ。ホントに?」
「本当、本当」
「あいつ、本気で坊主にするつもりだったみたいでさ。止めるの苦労したな」
 芥川に続けて、宍戸も苦笑気味に呟いた。その言葉に気遣わしげな表情を浮かべた滝は、二人に向き直った。
「それって、約束したからにはちゃんと坊主にするってこと?」
「違う違う。マジで髪がうざいから坊主も良いなぁ、っつうレベルだよ」
「うざいから坊主でも良いって、すごい事言うね」
 そう言いながら苦笑する滝も、中等部一年時の跡部の髪が今ぐらいだった事を思い出していた。
「跡部、一年の時は今ぐらいの髪だったよね?」
「ああ。幼稚舎を出ると同時にいきなり短くしたんだっけ?」
「そうそう。テニスするには、短い方が動きやすいってね。ある日、いきなり短くしてきて、俺、マジびびった」
 宍戸と芥川の言葉に滝はどこまで本気か分からない調子で呟く。
「へぇ…。それは、怖そうだね…」
「マジ怖ぇんだよ!」
 滝に縋り付かんばかりの勢いで芥川が訴えてきた。その勢いに滝は声を上げて笑ってしまった。
「あの言動であの威圧感で坊主頭にされたらなぁ。もう、チンピラ通り越して、マフィアの幹部にしか見えぇっての」
 宍戸まで呑気に笑いながら言っている。
「笑い事じゃねぇんだよ。坊主でも構わねぇだろうがって言って聞かない跡部を「怖いからやめてくれ」ってガックンと一緒に止めるのマジ大変だったんだぜ!」
「それはご苦労様、ジロー。おかげで、跡部が「可愛い」レベルで止まって助かったよ」
 言いながらも、堪えきれないという調子で滝は笑い続けた。



 夏の全国大会準々決勝でのシングルス1の試合後に起きた、相手選手の強引極まりない行動に氷帝部員は慌てて止めに入ったものの、完全には止めきれなかった。
 羽交い締めにしてその場から引き離した時には、中途半端な長さに髪を刈られた部長の姿があった。
 言い出したのは跡部だったとはいえ、あれは、意識の無い間に勝手に他人の手で刈られるのではなく、跡部自らの手でけじめを付けるべき場面だったはずなのに。そんな思いばかりが根強く部員の心の奥底に燻り続けたのは確かだろう。
 しかし、当の本人が大して気にもしていないので、誰も何も言うことは出来ないままだった。



「本人が何でもない素振りを通す以上は、それに付き合ってやるべきかな?」

 芥川の顔を伺うように滝が問い掛けた。

「よっく分かんねぇ…」

 窓枠にもたれ掛かり、芥川は困惑した表情を作る。その横で宍戸が跡部の姿を眺めながら軽い口調で呟いた。

「ほっとけほっとけ。無駄な同情なんかしたら、それこそ百倍くらいの罵詈雑言で返されるぞ」
「はははははは」
「跡部が大丈夫なら、俺は良いけどさ」
「そうだねぇ。とりあえず、このまま、また髪を伸ばしてくれることを祈ってた方が賢明かな」
「俺とキャラが被るから、あいつには絶対に伸ばさせるぞ、俺は」
「宍戸、そんなこと気にしてたんだ」
「あいつとお揃いなんざ、ごめん被るぜ」

 またしても滝が笑い出す。
 宍戸は再び視線を外に向けるが、そこには跡部の姿はなかった。校舎に入ったらしい。

 もう少しすれば、跡部がいつもの皮肉めいた笑みと共に教室に入ってくるのだろう。
 いつもと変わない、王者の姿勢で。
 その跡部をからかいに忍足たちがそろそろ顔を見せそうだ。そんなことを考えながら、宍戸は教室の入り口に視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2006.11.15
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何となく、坊主ネタに触れてみた。

男の人って、意外と1つの髪型にこだわらないよね、と思いまして。
学生時代、サラサラヘアーだった男子生徒がいきなり丸坊主にしてきて、その子と付き合ってた彼女さんが嘆いてたのを覚えてる。坊主にした理由は「楽で良いから」だったらしい。
従兄弟なんて、祖父の法事で会った時、スキンヘッドにしてたからね。マジでどこのヤ○ザがいるのかとビビったもんだ。

小室氏も、背中に掛かるくらいに髪を伸ばしたかと思えば、モンキーカットと言いたくなるくらいにバッサリ切るし。

女々しい跡部だけは勘弁と思いつつ、そういう人たちを思い浮かべてたら、ますます髪を切られた跡部本人の感覚が掴めなくなってきた。

 

 

 

 

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