世話焼き

 

 

 

 

 

 

 

「跡部、芥川はどうした?」
 芥川の事なら跡部に聞けという認識が教師達の間で定着してしまっているらしく、この日も当然のように教師の一人が跡部を呼び止めてそう尋ねた。
 しかし、跡部はその問い掛けに鬱陶しいという態度と口調で返す。
「何で俺に聞くんですか」
「お前なら知っているかと思ってな」
「どっかで寝ているんじゃないですか」
「またかぁ? 今日はどこで寝てるんだ?」
「そんなこと、俺が知りませんよ」
「…ええと、だな。探して連れて来てくれないか、跡部」
「断る。面倒くさい」
「……え」
 今までにない冷たい返答の数々にその教師は呆然となり、その隙に跡部はさっさとその場を立ち去った。

 その直後、その光景を見ていたクラスメイト達も驚いた様子で「あいつら喧嘩でもしたのか?」「跡部のやつ、反抗期?」などと騒ぎ始めていた。


 午後になっても芥川の姿は見なかった。
 跡部は冷たい面差しのまま視線を外へと向け続ける。空は快晴だ。
 ふと、晴れたら晴れたで「こんなに良い天気だと眠くなるC」と言い、雨が降ったら降ったで「雨の日は眠いC」と宣う芥川を思い出してしまい、跡部は僅かに苦笑を浮かべる。
 自分の興味が沸かないことには一切の無関心を通し、眠るという行為によって外界の全てをシャットアウトしてしまう芥川の悪癖をどうにか出来ないものかと考えた時もあった。
 寂しいから寝るという、聞く者の心臓を鷲掴みにしてくれた言葉を跡部は今も忘れたことはない。
 芥川がそんな理由で眠り続けても、自分がいちいち面倒を見てしまうから彼は益々自分の世界を閉ざしてしまうのではないのか。
 そんな思考に囚われたまま、苛々と外の風景を睨むようにして見詰めていた。

 その後も、跡部は頻繁に芥川の所在を尋ねられ続けた。その度に不機嫌になる跡部に、周りの者達も本気で怯え始めていた。
 芥川の座席は朝から主を失ったまま寂しげに佇んでいた。
 そんな光景が尚も跡部を苛つかせていた。


 ホームルームを終え、跡部は中庭に出た。
 部活がもうすぐ始まるが、今はそんなに気分にもなれなかった。
 部活に出て、そこで樺地に芥川を捜してこいと命令すれば簡単な事だった。しかし、今はそれすらも躊躇われた。

――何をするにも、肝心なところで甘いんだよな、俺は…。

 樺地に聞かずとも、居場所くらい簡単に予測は付く。
 陽差しと風向き。それだけで簡単に予測は付けられるのだ。
 忍足辺りが「インサイトの無駄使いや」などと言いそうであるが、こんなもんインサイトの内に入るかと跡部は誰にともなく呟く。

 中庭の西側に位置する楡の木の下。そこに芥川はいた。
 予想通りだった。

「おい」
 木陰であり、それでいて程良く陽当たりの良い場所で横たわる芥川を見下ろし、跡部は小さく声を掛ける。
「来るの遅いC」
 眠りに落ちることなく、ただ横たわっていただけの芥川は目を瞑ったままそう呟いた。
 跡部には、それすらも予想通りだった。
「お前が自分で来い」
「でも、跡部の方が来た。俺の勝ちってやつ?」
「…うるせぇ」
 やっと目を開け、他愛もない競争に勝って無邪気に喜ぶ幼い子供のように芥川は笑った。
 ぴょこんと跳ね起き、跡部の隣に立つ。
「テニスしようぜ!」
「しようぜ、じゃねぇ。部活はとっくに始まってんだよ」
 呆れた調子すらも押し殺し、跡部は静かな声を出し続ける。
 それでも、芥川は楽しそうに笑う。まるで、かくれんぼで見つかった時の子供の様なはしゃぎ方だった。
 見付けられたことを悔しいと思うと同時にちゃんと見付けて貰えた事に安心感を覚える子供ながらのあの感覚。
 途中で探すのを止めてしまえばいいのに、そういうことは絶対にしない。最後まで探し出そうとするタイプの自分の性格に跡部は溜息を吐いた。

――判ったよ、俺の負けだ。お前には敵わねぇよ。

 自分が構い過ぎることで芥川の世界を狭めてしまっているように感じた時、跡部は一度彼との距離を置くことを試みようとしたのだ。
 距離を置くことで、何か別の事実が見えるかもしれない、そんな思いもあった。
 これでも、跡部は真剣に考えていたのである。結果、どう考えても馬鹿げた行動だったと思えたとしても。
 しかし、芥川もそんな跡部の態度から何かを感じ取ってしまったらしく、跡部の行動に対抗するかのように自ら姿を消す様な真似をする回数が増えていった。
 それでも、跡部は構う事をしなかった。
 芥川も負けじと学校へ来ていながら朝から姿を見せない真似を続けた。
 途中から、本来の目的からずれていき、最終的にどっちが先に根を上げるかという競い合いに変わってしまっていた。

 まったく、自分もたいがいに馬鹿だなと思う。

 結局、彼の不在に耐えられずに根負けしたのは跡部の方だった。
 そして、こうしてわざわざ自らの足で芥川を探し、迎えに来たのだ。

――もう少しだけ、お前の世話を焼いてやるよ。ただし、今後はスパルタでいくぜ。

 自分の甲斐甲斐しい性格に溜息を零しつつ、そう心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2006.6.25
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子離れを試みようとして失敗した跡部さんって感じですか。(子離れって…)

跡部とジロさんの喧嘩その2。3つに分裂したというSSの最後の1つ。
結局、喧嘩にもなってないけど。

中学2年の春辺りをイメージしてました。

 

 

 

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