帝王

 

 

 

 

 

 

「あいつ…」
「んあ?」
「何? 誰かいんの?」
「ほら、入学早々テニス部で一暴れしてくれた野郎だよ」

 宍戸の言葉に芥川と向日が後方を振り返る。そこにすっかり時の人となってしまっている人物を見付けてしまい、向日は思わず顔を顰め、芥川ははしゃいだ声を上げた。

「うおー! 帝王だ! キングがいるじゃん!」

「何嬉しそうにしてんだよ、ジロー」

「かっちょいいー!」

「ああ? あんな野郎のどこが格好良いっつうんだ」

「すっげぇすっげぇ! 俺、今すぐテニスの試合してー!」

「ジロー。お前さ、俺らと会話する気あんの?」

「キーンーグー!」

「だぁぁぁぁぁぁ! 恥ずかしい真似すんなぁぁぁ!」

 宍戸と向日の存在など完全無視な勢いで芥川は校門前に佇む「帝王」だの「キング」だのという異名を持ってしまった人物目掛けて、叫びながらダッシュした。

「ジロー! こらっ、戻ってこい」
「キングー! テニスしてくれー!!」
 宍戸の制止など聞く耳も持たず、芥川は校門前にいる人物へ猛烈なタックルを仕掛けた。もちろん、悪意など無い。芥川としては、これでも抱き付く感覚でやっているのである。

「……!?」
「…………すっげぇ」
 いきなり突撃して来た芥川に驚いた「帝王」こと跡部は一瞬で身をかわし、かわされてしまった芥川は勢い止まずすっ転びそうになった。が、その芥川の襟首を反射的に掴んで転倒から守ってやるという芸当を跡部は見せてくれた。

「えーと…。ありがと?」
 一応、連れが失礼なことをした上に助けて貰ったのだからと、向日が間の抜けた礼を述べる。
「あん? 何で疑問系なんだ」
「いや、何となく」
「ああ?」
 ぎこちないというより、やはり間抜けな空気が漂っていた。全て、跡部の傍らで「テニスしようぜ」と連呼して飛び跳ねている芥川のせいであるのだが、当の本人はひたすら嬉しそうにしていた。

「なあなあ! 俺とテニスしてくれよ!」
「さっきから何だ、てめぇは」
「俺、ジロー!」
「あ?」

「俺らもこいつもテニス部だ。部長するんだろ? 名前くらい覚えておけ」

 テンション上がりっぱなしの芥川に代わって宍戸が跡部に話掛ける。

「名前だ? んなもん全部知ってるよ。何のつもりでこの俺様に付きまとってやがるんだと聞いてんだよ」
「付きまとうだ? ざけんな、何でてめぇなんざに付きまとわなけりゃ―――」
「うおー! 名前覚えてんの? 全員!? 俺のことも!?」

 宍戸のけんか腰のセリフを見事に遮って芥川が再びハイテンションでしゃべる。
 面倒くせぇのが来たな、という態度で露骨に溜め息を吐いた跡部は芥川に向き直る。

「てめぇが芥川慈郎で、そっちのチビが向日岳人だったか? そのうざいロン毛が宍戸亮。合ってんだろ?」
「チビって何だよ、クソッ」
「すっげぇ! 俺、名前覚えてもらってた!!!」
「うっせぇよ、うざい言うな」
 まだ本格的に部活動が機能してないこの時期からすでに名前を把握をしている跡部に、芥川がやはり大はしゃぎ。余計な装飾語を付けられた二人はそっちに反発を覚えたようで文句を言っていた。

「くだらねぇ用しかねぇなら、消えな。邪魔だ」
「何だと、てめぇ!」
「くだらなくねぇよ! テニスしてぇんだ、俺!」
「今日は俺様はここでテニスはしねぇよ」
「ええー? なんでー?」

 相変わらず、宍戸の発言を芥川が遮り続ける。おもしれぇなこいつら、という態度で傍観に徹している向日の傍らで宍戸は「こいつ、気に入らねぇ」というように一歩前に進み出た。

「何様のつもりだ、てめぇ。御曹司だか何だか知らねぇが、調子乗んなよ。お坊ちゃまはお坊ちゃまらしく振る舞ったらどうだ」
 跡部の肩を掴み、自分の方へ向かせようと力を込めた。そのまま殴り掛かるつもりだったのかもしれない。しかし、肩を掴んだ瞬間、宍戸の体は宙を浮いていた。
 状況を把握する間も無く、気付けば宍戸の体は背中から地面に叩き付けられていた。

「すっげぇ! かっけー!!」

――かっけーって何だよ、ジロー。

 そんなツッコミを入れることも出来ないほどの衝撃を受けてしまった宍戸は、ただ呆然と何故か目の前に見える青空を見詰めた。
「何、これ…?」
 地面に寝ころんでんの、俺?

「生憎とこんな時代だ。護身術もできねぇと呑気にお坊ちゃまなんてやってられねぇんでな」

 跡部の小憎たらしい声が聞こえる。

 護身術ね。
 どうやら、投げられたらしいとやっと理解する。

「おーい。宍戸ー。生きてっかー?」
 向日が頭上から見下ろしていた。
「綺麗に背中から落としてやったんだ。数秒、息が詰まる程度で怪我もねぇだろうよ」
 そう吐き捨てて跡部は立ち去ろうとする。いつ来たのか、傍らには長身の男を従えていた。

 上半身だけを起こして、宍戸は唖然とした顔のまま跡部の後ろ姿を見送る。

――ボディーガードでも付けてんのか、あれ?
 投げられたことよりも、そっちに意識を持って行かれてしまったようだ。

「すっげぇな! キングすっげぇ!」
「俺、あんな綺麗な背負い投げを生で見たの始めてだぜ」

 興奮した芥川と面白れぇなと言いたげな向日の言葉に、宍戸は何とも虚しい気分にさせられる。 誰も俺の心配はしねぇのかよ。

「何だよ、これ…。ちっくしょー。次はテニスで真っ向から勝負してやらぁ」

 そう心に誓うのがやっとであった。

 

 

 

 

 

 

 

2007.12.31
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40.5巻も出たし、で。
その設定イメージで宍戸と跡部の初顔合わせ話。
ジロさんが跡部信者になってしまってるよ。(笑)

跡部は簡単な護身術程度ではなく、本格的なマーシャルアーツをマスターしていると良い。

 

20.5巻を読むまでは、私の中にはこんなイメージだったのに、20.5巻の余計な文章のせいでお蔵入りしていたネタ。
そしたら、40.5巻では「なんだよ、結局私が始めにイメージしてた設定で良かったんじゃねぇかよ」なことになってて、嬉しいんだか虚しいんだかよく分からない気分になりました。

 

 

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