天は高く

 

 

 

 

 

 

 

 ゲームセット!  ウォンバイ、越前リョーマ――。  

 その時の審判の声は、ひどく遠くに感じられた。




 言葉を無くすとは、こういう状況を言うのだろうか。

「部長…?」
「…跡部」

 囁くような、誰かの呟きが耳に届く。

 無意識に握った拳が震える。感じるのは恐怖か感嘆か。判断が付かない。
 見ている方が苦しくなるような試合だった。
 スポーツというものを超越していた。



「気を失って尚、君臨するのか」

 それは誰の発した言葉だったのか。



 もう、いい。もう、十分です。
 そう言いたかった。
 早く、あの人を休ませたい。
 そんな思いだけが心中を支配し始めた頃、周囲で悲鳴が上がった。

 何だ? 何があった?

 慌ててコートに意識を戻した時、その目に映ったものは――。





 どこから持ってきたのか、誰が持ち込み渡したのか、バリカンが彼の対戦相手の少年の手に握られていた。
 彼の周囲に散らばる金茶色の髪。
 僅かだが、短くされてしまった彼の髪。
 コート内でとんでもない行動を取った少年を押さえ付けるようにして引っ張って行く対戦相手の学校の部長達。副部長がひれ伏しそうな勢いで頭を下げ続けていた。

 身長差が大きすぎた事が幸いしたのか、少年の仲間達が止めに入るのが早かったおかげなのか、丸坊主という事態だけは回避されていたのは奇跡かもしれない。
 あの少年の気性を知る者にしてみれば、それはまさに奇跡に等しいだろう。

 揉みくちゃにされながらコートから引っ張り出される少年を見遣り、それから彼に視線を戻した。

 意識を失ったまま立ち続けた彼も、少年の行為のおかげでバランスを崩しかける。予想通りというべきか予想外なというべきか、そんな彼を抱き留めたのは日吉だった。日吉に続いて、宍戸も加勢していた。

 負けたら坊主。
 確かに、言い出したのはこちら側だ。
 少年はそれを遂行したに過ぎない。ただ、相手の意識が無くなっているという状況が少々問題だった訳だが。

 周りの批判的な空気が気に入らないのか、少年は試合に勝ったというのに悔しそうに見えた。

――あんたが言い出したことじゃんか。

 少年の眼差しは、そう言っているように樺地には思われた。

 少年が放り出したバリカンをそこの副部長が回収しに来たが、それよりも早く樺地は拾いあげる。
 そして、少年に視線を向けたまま、自分の元々短い髪を坊主頭に刈っていった。
 樺地の周囲で恐ろしい勢いでどよめきと悲鳴とが沸き上がったが、そんなことはどうでも良かった。
 意識はコートを挟んだ向かいにいる少年のみに向けられていた。

 少年の目が驚愕に見開かれるのが、少しだけ小気味良かった。

――分かったよ。もういいよ。それで勘弁してあげるよ。

 そんなことを言いたそうに見える仕草で少年が顔を背けた。

――ウス。

 樺地は周囲のざわめきとは裏腹に、爽快な気分で心の中で少年に向かって頷き返していた。






「樺地、お前…っ。何やって…!?」
「ウス」
「ウスじゃねぇよ! 何、満足そうに頷いてんだよ!」
「うっしゃ! 忍足、お前も刈れ!」
「はあ!? 何アホ言うとんねん!」
「皆さん、馬鹿な事を言っている暇があったら、部長を庇うとかしてください」
「ああああ。そうだった。樺地のせいで忘れてた!」
「忘れんな!」

「うるせぇ…」

「あ。目ぇ覚ました…」

「跡部。気ぃ付いたか?」
「あぁん?」


 担架持ってきて!
 道開けて!
 そんな言葉が会場内で響いている。


 騒がしい周囲に、彼が怪訝そうに眉を潜めた。

「跡部…」
「あ、試合…」
「終わったよ」

 冷静な声で忍足が答え続ける。
 樺地は何も言わず、ただ気遣うように見つめ続けていた。そんな樺地に彼が視線を向けてくる。何となくという調子で眺め、それから、ゆっくりと空に目を向けた。そのまま空を掴むように手を伸ばす。
 その手には、悔しさとやり遂げた爽快感という相反する感情が入り交じっているように思えた。
 その手を取りたい衝動をどうにか堪えていると、彼が上体を起こし、自分の髪が短くなっていることに気付いた。

 やってくれたな。

 そんな表情を浮かべる姿に、彼らしい強さを見る。


 その彼の視線が、今更のように樺地の所で固定された。やっと気付いたらしい。
 日頃冷静を気取っている彼が固まってしまった。

 自分の事では露骨な感情など出しもしなかったのに、樺地に対してだけは露骨に感情をむき出しにするらしい。

 それはもう、見事なほどに呆れ返った顔をし、それから、余計な真似してんじゃねぇと言いたそうな、苛立った顔に変わった。

「樺地…。お前、何やってんだ」

 そんな彼に対して、樺地はやはり満足げに「ウス」と返事をする。

 その返事を聞いた彼は、もう一度、呆れ切った表情で空を仰ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2007.3.13
*******************************************

「天は青く」と対な感じで。こっちは樺地視線ということで。

もう、このネタから離れられないんですけど(笑)


WJ本誌で樺地まで坊主だったことにバカウケして思い付いた話。
書き始めるまで日にちが空きすぎですが(苦笑)
最近、行動に移すのが大変なのよ。



テンパってワタワタする氷帝陣というのも面白そうかなぁと思ったんだけど、たいしてワタワタしてなかったな。
誰がどのセリフを言ってるか書き分けたつもりですが、あまり書き分けれてないっすね。おっしーに刈れ発言してるのはジロと思われる。
そして、普通にチョタを出し忘れてることに今気付いた(爆)

 

 

 

 

戻る