史実臭い気がするだけで妄想で出来ています。
捏造バイエルンさん注意。
ベルリンはケーニヒスベルクから見れば西だ!ということで、すでにヴェスト呼び。

 

 

 

 

 



戴く冠

 

 







 ベルサイユ宮殿、鏡の間に通じる長い廊下に面した一室。
 控えの間として与えられたその部屋で、盛装に身を包んだドイツは、落ち着かない様子でうろうろと歩き回っていた。
 儀式は間もなく始まる。
 ついにこの日が来たか、という思いと、あまりに早すぎるという思いが綯い交ぜになってより一層、気が滅入ってくる。
 こうしている今現在も、パリ郊外では両軍による砲撃が行われているのだ。
 戦局はこちら側の圧勝の気配が強いとはいえ、戦闘の最中に行われようとしている、この戴冠式。このような形で行われていいものなのかと、そんな思いすら脳裏を掠める。
「何、檻の中のクマみたいに歩き回ってんだ」
「うぉわっ」
 入り口のドアを開けてプロイセンが顔を覗かせていたことに、声を掛けられるまで気が付かなかった。こちらもドイツと同様に盛装姿だ。
「兄さん…。脅かさないでくれ」
「思いっきり浮かない顔してんな」
「こんな状況で、晴れやかな気分になれという方が無理だろう」
 そう答えるドイツの声は、依然として重い。
 室内に足を踏み入れ後ろ手にドアを閉めるプロイセンの顔には、微かな苦笑が浮かぶ。
「…まぁな。気持ちは分からんでもないけどよ、ここは諦めてくれとしか言いようがねぇな。状況が、今やるしか無かったんだよ」
「……ああ。分かっているんだ、頭では。嫌な訳じゃない。これの重要性も分かっているつもりだ」
「分かってるという顔じゃなさそうだが?」
「ちゃんと、意味も、必要性も分かっているんだ…」
「ふぅん。では、何が心配なのかな、我らが王よ?」
「だから! 何度も言うように、その言い方は止してくれ」
 片膝を付きドイツの手を取って恭しく頭を垂れるプロイセンを苦々しく見つめる。
 手を振り払い顔を背ければ、プロイセンがくつくつと笑っているのが分かる。完全に遊ばれている。
「で?」
「え?」
「何を気に病んでんだ?」
 急に変わった気安いプロイセンの口調に、数瞬、ドイツは躊躇う素振りを見せる。握りしめた己の拳に視線を落とし、そのまま動かない。
 プロイセンは先を促すように沈黙を守っていた。
 ゆっくりと、ドイツの握りしめられた拳から力が抜かれる。そして、おずおずといった調子で口を開いた。
「俺が国として立つことで、あなたたちにどんな影響が出るのか。それが分からないのが恐ろしいんだ」
「うん?」
「俺はあなたが戴くはずだった冠を奪っているのではないのか。俺という存在が、いずれあなたたちを呑み込み、喰ってしまうのではないのか。そんな事ばかりが頭に浮かんで、どうしようもなく……怖くなる」
「お前なぁ…。何でそう思考が常に後ろ向きかな。どんだけ根暗なの…」
「ね、根暗!?」
「はぁぁぁ…」
 大げさな溜め息を吐いたかと思うと、プロイセンの手がきっちりとセットされたドイツの髪に伸ばされた。そして、自分より少し高い位置にあるドイツの頭を押さえ付けるようにして、そのままぐしゃぐしゃと掻き回す。
「ちょ、何をするんだ!? 止めろ!」
 慌てて頭を庇うようにしてプロイセンの手から逃れようとするが、プロイセンはドイツの頭を押さえ付けたまま、わしゃわしゃと髪を掻き乱し続けた。
「離せ、離してくれ、兄さん」
「影響なんか大して出ねぇよ」
「…どうして、そう言い切れるんだ」
 プロイセンの手から逃れようと藻掻きながら、ドイツが問い直す。
「俺様がそう思ってるからに決まってるだろ」
「意味が分からん! はっきりした根拠と――、」
「ああもう! ホントにうるせぇなお前は。細かいことは気にすんな。影響あろうと無かろうと、俺らがお前を支えて行くことに代わりはないんだよ。お前は一切気にすんな」
「そういう訳には――、」
「少し、その堅物の思考回路を停止させとけ。黙らねぇならチューすんぞ」
「何を…! ちょ、やめ、するなぁぁぁ!!」
 がしっと頬を挟まれ、プロイセンが顔を近づけてくる。ドイツは慌てて上体を仰け反らせた。

「………何をやっている。お前ら、時間過ぎてるぞ」

 いきなり入り口の方角から声が聞こえ、ドイツは心臓が止まるかと思うほどに驚いた。
 プロイセンといい、今声を掛けてきたこの男といい、何故にここまで気配無く動くのか。
「やべ。時間過ぎてんのか!? 誰も呼びに来てねぇぞ。っつうか、なんでお前がわざわざ呼びに来るんだ。使用人かお前は」
「誰が使用人だ。殴られたいのか?」
「へっ、遠慮するぜ」
 プロイセンの軽口に振り回されまいとするかのように、男は軽く頭を振る。
「…予定していた時間は過ぎてるが、式そのものがまだ始まっていなんだ。お前んとこの上司が揉めてんだよ」
「ああ?」
 男の言葉に、プロイセンが間の抜けた声を上げた。そんな二人の会話を聞きながら、ようやく兄の手から解放されたドイツは急いで乱された髪を整え直す。
「揉めている?」
 そう聞き直したのはドイツの方だ。
「いつもの遣り取りだけどな。玉座に座る座らないってやつ。宰相殿と大喧嘩してたぞ」
 男の返答に、プロイセンが片手で顔を覆う仕草をした。またか、と言いたげである。
 そんなプロイセンの反応は無視して、男はドイツに向き直った。
 盛装した姿を上から下までじっくりと眺めたかと思うと、しみじみとした口調で呟いた。
「ふむ。馬子にも衣装、とはよく言うものだ」
「――――……」
「てめぇ、俺様も言わなかったことを言うやつがあるか」
 そう言うプロイセンの言葉も全くフォローになっていないと思われる。
 羞恥と腹立ちとが入り交じった表情をドイツは浮かべ、
「時間が過ぎているのだろう! 行くぞ!」
 言い捨てて、部屋から出て行ってしまった。
「あー。待てって、ヴェスト!」
 プロイセンが追ってくるのも構わず、ドイツは大股で歩いていく。
「ヴェスト! ドイツー! 大丈夫、可愛いぞ、今日のお前!」
 背後からそんなことを叫ぶ兄の声が聞こえ、益々居たたまれない気分になってしまう。
「大声でそんなことを言わんでいい!」
 くるりと後ろを振り返れば、すぐ背後を走っていたらしいプロイセンが止まり損ねて突っ込んできた。プロイセンの体当たりを受けてもドイツはびくともしなかったが。
「――ってぇ。急に止まるなよ」
 鼻を押さえながら文句を言うプロイセンに、さらに文句を言い返そうとしたとき、進行方向から歩いてくる一人の男が声を掛けてきた。長めの金髪に色鮮やかな衣装を身に纏っている。服装も容姿も派手な男だった。
「あれ? もしかしなくても、ドイ…ツー!?」
 派手な容姿の男は驚いた様子でそう叫ぶ。
「あ?」
「え?」
「ちょ、マジであのドイツか!」
「えぇ、と。フランス…か?」
「うっそ。マジで!? 成長早くない、この子!? なんで、いきなりこんなにでかくなっちゃうの!? あの小さくて可愛かったドイツがこんなでかぶつになるなんて、お兄さん聞いてないよ!?」
「………………」
「お前はちょっと黙ってろ」
 目に見えて落ち込み始めるドイツの代わりにプロイセンがフランスと呼ばれた男に蹴りを入れる。
「痛ったぁ…」
「っていうか、なんでお前がここにいるんだよ! 今、戦闘真っ最中だろ!?」
 フランスの胸ぐらを掴み上げたプロイセンが凄味を利かせて問い質した。
「お前達がお兄さんの家のものを勝手に占領してくれるから、大事な国宝ものの宮殿を壊されてないか監視に来たんですぅ」
「壊さねぇよ! それに占領される弱いお前が悪ぃんだろうが」
「ひどい。お兄さん弱くないからね! ちょっと前まで凄く強かったんだから!」
「今現在の状況を見て言え」
「あんまりな言いようじゃない、それ!? お兄さんだって本気出せばやれる子なんだからね!」
 胸ぐらを掴まれたままの状態を気にした風もなく、フランスは本気なのか遊んでるのか判断の付けにくい調子でプロイセンとの言い合いを続けていた。
「あー、その、フランス。大丈夫なのか? お前がここに来ていて」
 おずおずとこちらは本気で心配そうに、ドイツがフランスに声を掛ける。
 その言葉にいきなりプロイセンの手を弾き落としたフランスは、ドイツに向かってにんまりと笑って見せた。
「大丈夫、大丈夫。それに、お兄さんも立ち会った方が効果も抜群でしょ」
「…?」
「周辺諸国に知らしめる為にこの宮殿使ってるんでしょうが。他国の者も見てた方が効果はあると思うよ?」
「あー…、」
「なるほど、そういうのも有りと言えば有りか」
 合点がいったようないかないような、という微妙な顔のドイツの隣で、プロイセンが弾かれた手をさすりながら呟く。
 と、そこに先ほどの男がドイツたちに追い付いてきた。
「まだこんなところで油を売っていたのか」
 呆れた様子を隠そうともせずにそう言ってくれる。それから、ドイツたちと一緒にいるフランスに目を向け、軽く目を眇めた。
「フランス、何でお前がここに?」
 その問いかけに、フランスは肩を竦める仕草をする。
「みんなして同じことばっかり聞くね。お兄さんは歴史の立会人ってことで、宜しく」
「今この時も、お前の軍が敗戦しかけているのに、わざわざ敵国の戴冠式の立会人か?」
「軍は上司が仕切っちゃってるから、俺は一足先に引き上げて来ちゃった。それに、わざわざ近隣諸国の代表として立ち会ってあげるっていうんだから、そちらにとっては文句無いんじゃない?」
「どういう理屈だ、それは…」
「お兄さんもね、戦いに勝ちたかったけど、上司ったら俺の話聞かないんだもん」
 本気か冗談か、そんなことをにこやかな口調でフランスは言う。
「それで自国の軍を見捨てる、か…?」
「まさか。見捨てるわけないじゃない、この愛の国のお兄さんが。ちょっとだけ、今後の為を思って先にお兄さんだけ抜けてきただけだよ」
 そう言いうなり、フランスは話をしていた男ではなく、その隣に立っていたプロイセンの胸ぐらを掴み引き寄せた。
「…プロイセン。この戦いが終わったら、覚えてろよ」
「あー、無理。俺様くしゃみしたら忘れっから」
 へらへらと笑いながら、プロイセンは胸ぐらを掴むフランスの手を弾き落とす。
「痛たたた…」
 大げさに手をさすり痛がってみせるフランスを、男が呆れた様子で眺め、そして呆れた調子で呟いた。
「物好きにもほどがあるな、お前は」
「そうかな。こういうものって直に見ておきたいと思うのが人情ってものじゃない? わざわざお兄さんとこの宮殿使ってくれちゃってるわけだし?」
 その言葉に男が顔を僅かだが顰める。
「くそ…。軍部に引き摺られなければ、こんな時期にこんな所でやってない…」
 男の言葉にフランスは人を食ったような笑いを口の端に乗せた。
「それにね、お兄さんとしては、お前を見に来たってのもあるんだよねぇ。本当、お前がプロイセンと一緒に統一の道を選らんだことには驚きを隠せなかったよ。ねぇ、バイエルン?」
 フランスの言葉に、バイエルンと呼ばれた男が今度は露骨に顔を顰めてみせた。
「お前らがあれこれちょっかいを掛けてくるおかげで、いい加減に一つに纏まらないとまずいと思い始めたんだよ。しかし、オーストリアの坊ちゃんの案には賛同する気にならんし、いつまで経っても纏まらんわで、プロイセンを推した方が賢いと判断したまでだ」
「それは、妥協ってことかな? 本当に、お前らっていつまで経ってもバラバラだねぇ。統一目前の今現在までも」
 にやにやとした笑いを見せるフランス。バイエルンは苦虫を潰したような顔をする。
「バラバラにも程があるよ。そんな調子で統一なんて大丈夫なんだか」
「うるさい。元々が、俺たちは独立国家名乗る連中の集まりなんだよ」
「その筆頭がお前だったけどな。統一に参加する条件に独立国家並の権限を寄越せとかぬかしやがって」
 そう会話に割り込んできたのはプロイセンだった。不機嫌そうな顔をしている。
 フランスが嫌味の利いた笑みを浮かべ、何か言おうと口を開きかけたが、それより先にプロイセンはドイツの腕を掴み立ち止まっていた廊下を再び進み始めた。
 その仕草は、これ以上フランスとバイエルンの会話を聞かせたくないとでも言ってるいるようにも見えた。
「兄さん?」
 怪訝そうにプロイセンを伺うドイツに、少しの間を置いた後、プロイセンは振り返って微かに笑ってみせる。
「気づけば、いつの間にか、お前を戴きに置いて統一を果たすことが、俺様の悲願になっていた」
「…ああ、そうだな。そう聞いてきた」
 プロイセンの言わんとすることが今一つ掴めず、ドイツは困惑気味に兄の顔を眺めた。
「お前があって、初めてドイツ諸国が纏まるんだ。俺ではなくな」
「………」
「だから、お前は必要な存在だった。お前は必要な存在として生まれた。お前は大丈夫なんだ」
 この統一に異を唱えるものはいないにしても、プロイセン王がドイツ統一を纏める盟主となることをずっと拒み続けて来ていたことを、ドイツは気付いていた。
 ドイツ帝国が生まれることで、プロイセン王国という存在がドイツに呑まれドイツの中に消えていくのではないかという恐れがプロイセン王室の中に充満していることに、気付いていた。
 ドイツが気付いていたことに、プロイセンは気付いていたのかも知れない。
 適切な言葉が見付からないまま、ただ幼い子供を宥めるように安心させるように、大丈夫だと繰り返したプロイセン。
 彼は、ドイツという地に沸き起こる統一を望む声を、どんな思いで聞いていたのだろうか。
 統一の為のまとめ役として周囲から押された時、どんな思いでそれを見つめていたのだろうか。
 統一が目の前にありながら、しかし、そこには、プロイセンではなくドイツという存在がいたことを、彼はどういう思いで見つめていたのか。
 どんな思いで、ドイツを見守っていたのか。
 決して、プロイセンが頂に立つことは無いと分かっていながら、彼は、ドイツを育てた。
 そこには、どんな思いがあったのか。
 この日が近付くほどに、ずっとそんなことを考え続けていた。
 自分は、それらに報いることが出来るのだろうか。
 彼の覚悟を、受け止めることが、可能だろうか。いや、可能にしなくてはいけないのだ。

「兄さん」

 ドイツは先を進もうとするプロイセンの腕を引く。

「俺は、俺のすべきことを、出来る限り早く見出してみせる」
「あ?」
「今日この日から、俺はあなたたちの全てを背負っていくのだろう。もう、迷いは無くなった。俺は、あなたたちを纏める器に相応しい強さを手に入れる」
「………」
 何故だろう、プロイセンの表情に悲痛めいた陰りが見えた。
 そんな顔をさせるつもりはなかったのに。何か間違えたのだろうか。
 ドイツは困ったようにプロイセンを見つめ、それから視線を彷徨わせた。後方では、まだフランスとバイエルンが口喧嘩をしていた。
 ドイツと視線が合ったフランスが、こちらに向かって歩きながら文句を言い続けている。
 プロイセンは自分の腕を掴むドイツの手に触れ、己の腕から離させた。ドイツはやはり何か間違えたのだろうかと考え込む。
「一丁前の口を利くようになったじゃねぇか」
 そう言って、頭を小突かれた。
 それで、微妙な雰囲気は終わりを告げたと言っているようだった。
 ドイツはどう反応して良いのか分からず、小突かれた部分を撫でる。
 フランスが大げさな身振りでプロイセンに詰め寄ってきた。
「君らは、本当にえげつないよね。お兄さんってば、この戦い自体が嵌められたよね。酷いよね」
 言いながら、両手で顔を覆う真似をする。
「もう、この戦いってあんまりじゃない! お兄さん負ける以外にないじゃない!」
「油断して気付かねぇお前が悪いんだよ」
 先ほどの陰りのある表情は消え失せ、楽しげな調子でプロイセンは人の悪い笑い方をしてみせた。
「あー、もう。こいつってば腹立つよな!」
 プロイセンの頬を思いっきり抓り上げ、フランスは満足げに笑う。
「いでででで! 離せ、このヒゲ!」
 頬を抓る手を離そうとしないフランスの腹にプロイセンの膝蹴りが炸裂していた。
「ぐふっ」
「ざまあ」
 鳩尾を押さえ呻くフランスを見下ろし、プロイセンは愉快そうに笑っている。
「おい! いい加減に何してんだよ、お前ら!」
 廊下の遙か先、広間の入り口前に待機している二人の男が焦れたように大声で呼びかけてくる。
 そんな兄たちの遣り取りをぼんやり眺めたまま、ドイツは先ほどのプロイセンとの会話を思い起こしていた。

 自分の何がプロイセンにあの悲痛めいた表情を作らせたのか。
 この統一に、どれほどの力があるのか。どれほどの影響が出るだろうか。
 その答えを、やはり、プロイセンはすでに持っているのだろう。
 それを決して、口にする気は無いらしいが。

「プロイセン! バイエルン! さっさと来やがれ! 始まるものも始まんねぇんだよ!」
 入り口前の男二人は、尚も大声でこちらに向かって呼びかけていた。
「うるっせぇ。大声で怒鳴んじゃねぇよ」
「お前の方が何十倍もうるせぇんだよ!」
 プロイセンの返答に速攻で怒鳴り声が返って来る。
「あら、ようやく始まりそう?」
 フランスが楽しげに広間へ続く廊下を軽やかに進んで行き、その後ろをバイエルンが追った。
「お前が先に行くな!」
「遅い君らが悪いんであって、お兄さんは文句言われる覚えは無いけどなぁ」
「他国のものらしく、後ろで控え目にしてろ! …なんでこうなんだよ、ちくしょう」
 ぼやくバイエルンの声を掻き消すように、怒声が上がった。
「なんでフランスの野郎がいるんだよ!?」
 前方の男たちがフランスの姿に気付き、再び怒鳴っていた。
「だぁから、お兄さんは立会人だってば。同じ事を何度も言わせないでよね。君ら、本当に連携も何も取れなさ過ぎじゃない?」
「うるせぇ」
「フランスのヒゲ野郎は黙ってろ」
「うわ、酷い言われようだねぇ」
 始終、楽しげな仕草を通すフランスに後ろから軽く蹴りを入れ、プロイセンは鏡の間へと続く扉の前に立った。
 少し遅れてドイツが続いた。
 ようやく姿を現したドイツを眺めやり、男の一人が「おーおー。似合うねぇ。馬子にも―――」と言いかけたところで、プロイセンの蹴りが炸裂し、今度は終いまで言わせずに済ましていた。
 もう、何を言われても流すことにしたらしいドイツは素知らぬ顔をしていた。
 バイエルンは乱れた髪を手串で整え始めている。先ほどプロイセンに蹴り飛ばされた男が体制を立て直し、盛装の乱れを直し始める。
 全員の呼吸が合わさる頃合いを見計らい、プロイセンが豪奢で重厚な扉に手を掛けた。
「開けるぞ」
 その声に、ドイツは静かに頷いた。

 今日この時を境に、自分たちの立場、力関係の全てが入れ替わる。
 その意味を、ドイツはゆっくりと噛み締めるようにして軽く目を閉じた。

 重い扉が開かれる音が響く。

 プロイセンの呼びかけに目を開ける。最奥に置かれた美しく鮮やかな玉座が一番に目に入ってきた。

 もう、兄さんたちの庇護下にいる必要がなくなるのだ。
 全ての関係が逆転してしまうのだ。

 玉座を見つめ、ドイツは強くなりたいと、ただそう思った。ただ純粋に、強くありたいと願った。
 兄たちを守り、国土を守るだけの力が、欲しいと。
 強く、強く、もっと強く。
 兄たちの名に恥じない強さが欲しい。
 それが、兄の顔を曇らせた原因だとは気付くこともなく、ただ純粋にドイツの心は強さを求め始めていた。


 厳粛な空気の中、ドイツはプロイセンを従えて歩みを進める。
 玉座の前に立ち、場内を振り返り眺めやる。
 歓声が一際大きく上がった。
 不安などすっかり消し飛んでしまっていた。何をあそこまで不安になっていたのかと思うほどに。

 これが、国の力なのか。

 ドイツはゆったりと薄く笑みを浮かべて見せた。



 この日、ドイツ帝国という名の国が表舞台に誕生する。












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10.2.19

本当はね、鉄血宰相さんとか最後まで統一ドイツの皇帝になるのを嫌がりまくってたプロイセン国王とか出したかったんですが、
ギャグなノリの割りに、ドイツさんが「俺の国ってこんな…?」な哀れなことになりかけて軌道修正。そしたら、微妙な臭い話に…。

後半でプー蹴飛ばされ怒鳴りっぱなしの人はザクセンさん。(本家さんでは、バイエルン同様にモブでいた人)
その横で一言もしゃべってないのはヴュルテンベルクさん(本家さん未登場なので喋らせようがない)




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