微妙な話題かも知れない。苦情など無しで、さらっと流してください。

例の飛び地の話です。地名出てきます。
ただ東西兄弟が話しているだけですが。そして、人名呼び。





 

 

 

切り離された子

 

 

 

 

「兄さん」
「なんだ?」
 朝食を終えて食後のコーヒーを飲んでいるギルベルトに向かって、ルートヴィッヒが届いたばかりの書類を広げながら話しかけてきた。
「カリーニングラードというのは、かつての東プロイセンにあったケーニヒスベルクのことだな?」
「…あ? ああ、そうだ。イヴァンの管轄下に置かれることになって、名前もイヴァンのところの名前に変えられたっけな。それがどうした?」
「うむ。その土地というか、そこの都市がかなり大変なことになってるらしく、支援要請が来た」
「え?」
「周辺諸国に支援を求めてる。イヴァンが」
「は? どういうことだ?」
 内容が今一つ掴めず、ギルベルトはコーヒーカップをソーサーに戻すとテーブル越しに身を乗り出した。ルートヴィッヒは手元の書類をギルベルトに見せてやる。
「イヴァンも自分の国の経済難などの対処で手一杯だったらしく、その飛び地に関してノータッチで来ていたらしいんだ。そうしたら、ちょっとした犯罪都市に成り果てていた、と」
「なっ…? なんだと!?」
「一度、フェリクスに押し付けようとしたらしいんだが、断られたそうだ」
「………」
「現在、そこは密輸が横行して、それこそ何でもありな状態になりつつあるということだ。フェリクスを始め、トーリスやエドァルドたち周辺の者達にとっての頭痛の種になっていると聞いた」
 ルートヴィッヒはギルベルトから書類を受け取り直し、別の書類に目を通し始める。
 ギルベルトは椅子にだらしなく浅く座り、仰向けた顔を手で覆った。
「イヴァンの野郎…。何てことしてくれてやがるんだ」
「それで、兄さんはどうする?」
「あ?」
「先の大戦で、あの時の上司はあの地を口実に使って戦いを引き起こした。そのせいもあって、俺たちにあの地を渡すわけにはいかないという決定を戦後処理で下された以上は、おそらく、俺たちが直接関与することは出来ないだろう」
「ああ、まあ、そうなるか」
「出来ることは、経済支援だけになるが。それでも手を貸すか?」
 ルートヴィッヒの問いかけに、ギルベルトは何故か苦笑じみた笑いを浮かべた。
「なんで、俺に聞く? お前の仕事だろ」
「今の国境線がどうあれ、あの地が兄さんにとっては所縁の地には違いないからな。一応、意見を聞いておこうかと思っただけだ」
 一瞬、ギルベルトが目を見開き言葉に詰まる様子を見せたが、ルートヴィッヒは気付かない振りのまま書類に目を通し続ける。
「ああ、そうか…。そうだよな。あまりに昔過ぎて忘れてたな。あれは俺様が国になる切っ掛けだったんだよな…」
 忘れるはずなどない、そう分かっていてもルートヴィッヒは決して口には出さずに書類から視線を上げずにいた。
「実際、あの地で生まれた国民も少なくない。今でもあの地に戻りたいと願う者たちがいることも知っているが、大戦の責任を考えれば、そればかりは決して許すわけにはいかないんだ」
「……ああ」
「それでも、俺は放置するのは忍びないと思う」
「ルッツ…」
「それで、兄さんの意見はどうだ?」
 カップに残ったコーヒーを飲み干したギルベルトは、視線を軽く俯け、呟いた。
「……経済支援だけでも、してやってくれるか?」
 ギルベルトからは見えない位置で、ルートヴィッヒは柔らかく笑んだ。
「了解した」
 頷き、そう返事をして、ルートヴィッヒは立ち上がる。
「なあ、ルッツ」
「なんだ?」
「あの地には、俺たちみたいなのがいたりするんだろうか」
 その問いに、少し顔を引き締めたルートヴィッヒが答える。
「フェリクスに聞いた話では、それらしきのを見たということだ」
「……!」
「ただし、あまりに物騒な場所なので、フェリクスは足を踏み入れてないそうだが。遠目からだが、人間ではない俺たちに似た雰囲気の子供を見た気がする、という程度だ」
「子供?」
「国じゃないからな。大きくはなれないのだろう。それでも経済特区という扱いになっているせいで、独立した自我が芽生えて俺たちのような存在が生まれたのかも知れない」
「…ははは。そうか。いるのか、あの地に…。もうこれで、俺様の地とは呼べなくなったな」
 どこか自嘲気味な笑い声を出すギルベルト。ルートヴィッヒは、横目で軽く見遣っただけで平素のままの口調で続ける。
「フェリクスが言うには、外見がイヴァンというよりも兄さんのような雰囲気だったらしい。ただし、恐ろしくて近付く気にならなかったということだが」
「俺様に雰囲気が似てるのに近付きたくないってのは、どういうことだよ」
「兄さんとイヴァンの影響の元に出現しているとしたら、うん、………あまり想像したくないな。恐ろしくて」
「………」
「さて、イヴァンに報告を入れておくか」
 文句言いたげなギルベルトの視線を躱して、ルートヴィッヒはイヴァンに連絡を取るべくリビングから出て行った。














--------------
10.2.19

香港のような経済地帯を目指すも失敗して大変なことになってた都市。
近年のロシアの好景気と周辺の経済援助のおかげで治安も回復し持ち直しているそうですが。

ソ連崩壊後からの政策失敗による困窮と治安悪化のレベルが凄すぎて、思わずネタに…。すみません。




戻る