壁崩壊から数日後。
やはり史実くさい気がするだけで妄想で出来てます。
酒場にて
ミスか手違いか、西による裏工作によってだったのか、理由は解明されることなく日々は過ぎていく。
ベルリンの壁を興奮した市民たちの手で破壊された翌日は、祭りの後のような一抹の寂しさと大量のゴミが残されていたが、それも粗方片付いた 。
東西の国境廃絶は無くなったが、いきなり怒濤の勢いで崩された国境である。今まで別々の政治を行ってきた両国をどう纏めていくか、それが今 後の課題となっていた。
とりあえず、現在は東にて選挙を行うべく動いている。西側からこれまた怒濤の勢いで応援演説から支援やらが入っていて、選挙というものを今ま
でしてこなかった東の市民は軽く混乱状態だと思われた。
そんな日々の中、様子見と称してスペインを巻き添えにフランスがベルリンを訪れていた。同じように東ドイツの情勢を見守るべく日本もジャーナリ
ストたちに混じって滞在している。
「ベルリンもだいぶ落ち着いたね」
のほほんとイタリアが言えば、日本が「そうですね」と同意を示す。
「ベルリンはだいぶ落ち着いたが、今は俺の上司がお祭り騒ぎに演説活動を行っていてな…」
ドイツが神妙な顔でザワークラウトを突いている。
西の物量に物を言わせた政策に、物資不足と情報不足できた東ドイツの市民は理解が追い付かないまま、各党の演説に聴き入っていた。
現在、西ドイツの上司が東ドイツ全土を回る気か、という勢いで自らの足で支援する党の応援演説を行っており、それにドイツも引っ張り回されて
いる。
そして、今現在、つい先ほど本日の上司による演説という仕事を為し終えて、僅かながらの休憩を味わっている最中であった。
演説を聴き終えた市民たちが、興奮気味に店の中で討論を交わしているのが聞こえる。
どの党が、自分たちにちゃんとした生活を保障してくれるのか、論点はそこに行き着くのは当たり前か。
気付けば、店で酒を煽る者のほとんどが支持すべき党について論戦を交わしていた。
この時点で、ドイツは統合という形で行くことを模索していた。これが、東政府の機能マヒなどが続き、挙げ句に西ドイツによる東ドイツ吸収併合と
いう形になろうとは思ってもいなかった。
「いつかは、一つのドイツに戻るんだ!」
酒の勢いに任せて叫ぶ者が続出している。
「西の連中は、俺達の生活を壊す気だ。そんなことあってたまるか」
批判的な声も当然ながら上がっている。
先は長そうだな、そんなことを思いつつ、ドイツはビールを一気に煽った。
「なあ、お前ら凄いペースで飲んでんけど、俺、割り勘しても払える気がせぇへんで?」
ドイツ人の一桁まできっちり割りそうな性格を思い出したかのように、唐突にスペインがそう宣言してくる。
「……」
「こんな場所で何辛気くせぇこと言ってんだよ」
「俺、ドイツに怒鳴られるの嫌やもん」
「奢りだ奢り! んなもん、気にすんな」
「おい!」
奢りということは、必然的にドイツが支払うことになるので、透かさず無責任なことを言ってくれるプロイセンにドイツは抗議の声を上げた。が、プロ
イセンの言葉にスペインはパァァァァと顔を明るくした。拒否する気も失せるほどの晴れやかな顔である。
「あ、あの…私払いますから」
「いや、日本、お前が払うことは無い」
日本の言葉に微かな笑みを浮かべてそう言い、それから、はぁぁぁ…と盛大な溜め息を吐いて、ドイツは何も言わなくなった。
「ちゃんとドイツが支払ってくれるってさ!」
フランスがふざけた調子でそう煽るがドイツは無言でビールを飲み続けていた。
「ドイツは金持ってんやから、問題無いってことやね。ほんま頼もしいわぁ」
完全に奢られる気満々になったスペインが嬉々として追加注文を始めてくれる。それにイタリアが「俺も俺もー」と便乗していた。
フランスは、ニヤニヤ笑いながら意地悪くドイツを眺めていたが、それから、ふと思い出したように浴びるようにビールを飲みまくっているプロイセンに向き直った。
「そういえば、プロイセンのところに有名な指揮者いたじゃん。あの人、俺のところに頂戴よ」
「あ? 指揮…? ああ、あの人な。それは無理」
もう何杯目になるか分からないビールを追加注文しながら、プロイセンはお座なりに答えている。
「何でよ? 国境の封鎖が解けたんだから、もう東に居続けなくても大丈夫なんでしょ?」
「いや、ずっと前からな、アメリカの野郎のとこから誘いが来てたんだよ。ドイツが一つに戻ったらアメリカのオケで指揮振りたいっつってたからな。アメ
リカんとこに行くんじゃね?」
「えー? 何よ、それ!? お兄さん、またあのアメリカの坊やに先越されちゃってたって訳!? なんか悔しい」
本当にがっかりしたようで、フランスはテーブルに突っ伏した。
兄ちゃんどうしたのー?とイタリアに突かれても、フランスはしばらく立ち直らなかった。
「しっかし、驚きやなぁ。ドイツんとこの料理も結構食えるやん。もっと不味い思うてたわ」
「お前、今すぐ店からつまみ出すぞ」
「えええ? プーちゃん何で怒こるん!? 美味いって褒めてるやんか!」
「褒めてねぇ! 全く褒めてねぇ!」
「褒めてるって!」
そんな他愛もない会話がしばらく続く。
ビールやワインがトータでどのくらい飲まれたのか、もはや数えるのも面倒だと思えてきた頃、いきなりフランスが突っ伏していたテーブルから顔を上げた。そして、そのままドイツの肩を掴む。
「お兄さん、大事なこと思い出した。ここからちょっと真面目な話をしたいんだけど」
「なんだ?」
フランスの言葉に面倒臭そうな調子でドイツが答えている。
「再統一、すぐにはしないよね? 一度分断された国土を元に戻すのって、そう簡単なものじゃないよ。絶対に四、五年は掛かると思わないと」
「何だ、いきなり? うむ、そうだな…大丈夫だ。二年以内に…いや、一年以内に再統一の手続きを完了させる」
フランスの言葉にヘソでも曲げたのか、思っても見ない言葉がドイツの口から発せられた。
フランスだけでなく、プロイセンも一瞬だが驚いた表情を見せたほどだった。
「ちょっと、何言ってんの!? だから、無理だって! そんなすぐには纏まらないってば! 先にお兄さんとヨーロッパを纏めよう?」
「問題ない。ECの話も進める。その上で再統一も行う」
「再統一に時間掛かったら、ここまで纏まり掛けてるECの話が流れちゃうってば! お兄さんがどんだけ頑張ったか知ってるでしょ!?」
「再統一を先にさせてもらう。時間は食わない。同時に進めれば問題無いだろう!」
「先にEC纏めようよ! EC纏まってから、その中で再統一をしていけば良いじゃないの!」
唐突に始まった国家レベルの議論にイタリアがぽかーんとしていた。
日本はハラハラとした様子で見守りつつも、しっかりとブルストを口に運んでいる。
「ドイツ! お前は今の自分がどんだけ大国か分かってるんだろうね!? ドイツに抜けられたら纏まる話も纏まらないんだよ! お兄さんの今まで
の努力が水の泡じゃない!」
大げさに両手で顔を覆い悲しむ素振りを見せるが、ドイツはビールを早いピッチで空けながらも頑なに首を横に振り続けていた。
「スペイン! お前も何か言ってくれよ!」
「えー? 別にええんとちゃうん? また一つに戻れる言うんなら、戻ればええやん。別に俺んとこ今はドイツに借りも恨みも無いから、どうでもええで
」
「ちょっとぉぉぉぉ!」
「再統一が先だな」
「ECを纏めるのが先だってば!」
「ECの話もちゃんと進める。しかし、再統一を先延ばしには出来ん」
「それなら、お兄さんはドイツの再統一に断固反対だからね!」
「何!?」
「大国となった西ドイツに東ドイツが戻れば、その力はさらに大きくなる。ドイツは危険だって言いふらしてやるよ」
「何を子供じみた真似を…」
「ECの中で再統一!」
「再統一とECは同時に進める!」
「再統一にどんだけ時間が掛かると思ってるの!」
「だから、一年以内に絶対に完了させてやると言っている!」
「そんな簡単な話じゃないよ!」
「やれんことはない!」
イタリアがじりじりと日本の側ににじり寄り、そっと腕を握ってきた。
「ヴェー。なんか二人が怖いよー」
「欧州事情も大変そうです」
しかし、日本はその一言で済ましてしまった。
「とりあえず、手続き完了するまでは俺んとこに支援頼むわ」
そういうのはプロイセンで。
「ロシアのやつが経済破綻させやがったおかげで、その煽りを食らいまくりだぜ。マジでそろそろ食うのもヤバいんだわ」
「心配しないでくれ。経済支援は今まで同様に続けていく。そうしながら手続きを進めるから。ロシアにも賠償金を吹っ掛けられたが、それで再統一
の際には口出ししないという約束をすでに取り付けてある」
「だからね、君たちはお兄さんの意見をちゃんと聞きなさいよ!」
「問題無いと言っているだろ」
「イギリスだって、お前達の再統一に難色を示すよ! ドイツがこれ以上の大国になるのは許さないだろうからね」
その言葉に、ドイツは眉間に皺を寄せて考え込む。そして、フランスを睨みながら、
「再統一を先延ばしにする気は、やはり無い」
「じゃあ、お兄さんは再統一に断固反対ね。イギリスも反対してく……」
「あー、イギリスなら大丈夫だろ」
「は?」
「え?」
突然のプロイセンの言葉にフランスとドイツが間の抜けた声を出していた。
「フランスが断固反対って言い出した時点で、絶対にあいつ、賛成に回る。条件付きでくるだろうが、賛成に回るな」
「―――」
プロイセンの言うとおりだと思ったのかも知れない。フランスが愕然とした顔で固まってしまった。
「だから大丈夫だ。ECもちゃんと纏めていくと言っているだろう」
「ああああ、もう! いっつもお兄さんってばドイツたちが動く度にとばっちり食らってるじゃない! もう、ホントに悔しい!」
「そういや、そうやな。場所が悪いんとちゃうか?」
「フランス兄ちゃんとドイツん家って隣同士だもんねぇ」
意味を分かってるのか、イタリアが脳天気に発言してくれたが、その言葉にフランスが米神に血管を浮かび上がらせてしまった。
国境を接する位置であるが故に、長年に渡って小競り合いが続いてきたことを今更に思い出したのか。
「いつもいつも、真っ先にお兄さんを巻き込んで…」
「…まあ、過去の戦歴では悪いことをしたとは、思っている」
「思ってない。微塵にも思ってない!」
「思っている」
にらみ合いが始まりそうな二人の前で、プロイセンはビールの追加注文をしながら呟く。
「そもそも、お前んとこだって頻繁にこっちにちょっかい掛けてきてたじゃねぇか。弱くなる前だけど」
「弱くなってないからね! いち早く民主的になったんだよ、お兄さんとこは!」
「とにかくだ」
どんっとビールジョッキをテーブルに置き、ドイツが再び口を開いた。
「再統一の先延ばしは断固として受け付けん!」
「再統一、断固拒否!」
「イタリアちゃんはどうよ?」
話をイタリアに振るのはプロイセンである。イタリアは聞くまでもないが、やはり、
「えーと、再統一は良いことだと思うであります!」
と酔いの回ってきた声で叫んでくれた。
耳に馴染みやすいその声は店内に響き渡ってしまったらしく、一瞬の間を空けた後、店中から歓声が上がった。歓声は興奮の度合いを増してい き、そして、瞬く間に店の外まで広がっていく。
フランスが呆然とした様子で、それでも必死に呟いた。
「断固反対してやるんだからね…」
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10.2.25
日本がほぼ空気…
再統一に反対に回った時の一時的に孤立状態になっちゃうフランスがフランスらしくて、なんか愛おしくなったんだよ…。
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