史実っぽいように見えて妄想で出来ています。
東ドイツなプロイセンがいます。ご注意。 兄さんの消えなかった理由をしつこく考えてます。
共に眠る
1918年11月 WW1敗北。ドイツ革命により帝政が廃止。皇帝の退位により王国の滅亡。
1919年 政治体制はヴァイマル共和政となり、プロイセン州という形で残る。
1939年9月 WW2勃発。プロイセン州及びプロイセン州首相の地位と権限は、ナチス党の地方組織であった大管区と大管区指導者に取って代わられ、有名無実化となっていく。
1945年5月 WW2敗北。
1947年2月25日 プロイセン王国解体指令。旧プロイセン王国地域の大部分はソ連・ポーランド両国に割譲。
1949年 イデオロギー対立による冷戦の開始。東西の分断。
1961年8月13日 ベルリンの壁、建設開始。
「軍国主義の象徴なんて言われるのは俺だけで十分なんだがなぁ」
ポツダムにある教会の前にプロイセンは佇み、暗い空を見上げていた。その唇から乾いた笑いが澪れ落ちる。
「さすがの俺様も、親父とオットーまで否定されると堪えるぜ…」
しばらく、ぼんやりと、そのままで空を見つめていた。雲に覆われた暗い夜の空。
風が吹く。夏にも関わらずその風は冷たく、思わず首を竦めた。
「…らしくもねぇか」
ふぅっと溜め息を漏らし、それから、ぼりぼりと首の後ろ掻く。無意識の内に、唇の端に自嘲じみた笑みを浮かべていた。
プロイセンは、来た道を戻る様に、ゆっくりと街道を歩き始める。
電圧の問題か気分から来るものか、街そのものが薄暗く見えた。
あの日、国としての最後の死亡通告とも言える解体指令が出された時、僅かながらの怯えといえる感情は確かにあった。これで、消滅だろうか、と。
ドイツを支えてやると言いながら、統一を果たした時から半世紀も保たずしてドイツ帝国の分解、内部の王国の滅亡という道を辿った。あの時も、少なからず消滅というものを覚悟した。国としての力が完全にドイツに移行してしまう感覚が、自分でもはっきりと感じられたのだ。
もう支えてやるなど殊勝なことは言えなくなってしまったのだな、と理解した。
それでも、自身の存在が消えることはなかった。
それから、再び世界は大きな戦いへと突き進んだ。そして、同じ轍を踏むかのような敗戦。
敗戦国として選ばねばならなかった選択肢。出された王国の解体指令。ドイツを守る為に選んだ己の死。事実上、表舞台からの消滅。地図から消される国の名。悪しき軍事国家の名として残り続けるのみ。
すでに王国は滅亡の道を辿っており、今更の解体指令は口実にすぎないと分かっていた。あの時のドイツを守るためには必要なことだった。報復戦争を避けるためには。
それでも、解体指令という紙切れにも威力はあるだろうと思っていた。国家の体現、具現化という形をとる自分たちには。
しかし、やはり、この時も自身が消えるという気配は無かった。
何となくそんな気はしていたが、それでも、不思議な感じではある。
ベルリンという同じ心臓部を共有するためかとも考えたが、それ以上に思うところがあった。
おそらく、ドイツ諸国の統一という意識が芽生えた時からすでに、プロイセンという存在はドイツという国に飲み込まれていた。完全に吸収され、解け込んでいた。
歴代のプロイセン王たちが統一を叫びながら盟主としてドイツ皇帝に就くことを嫌悪していたのも、彼らが本能的にこの事実に気付いていたからなのだろう。しかし、今となっては、その事実がプロイセンをプロイセンの姿のままに生かし続ける力の源になっているように思えた。
きっと、間違いなく、今の己の存在は、ドイツの意志のみでここにある。
ドイツがプロイセンの存在を望む限り、消えることは叶わない。
嬉しいような侘びしいような、微妙な気分だ。
この存在が負担となるとき、ドイツは切り捨てる決断をしてくれれば良いが。
「無理だろうなぁ、あいつ妙なところで甘いし」
そういう顔には、微苦笑が浮かぶ。
つらつらとそんなことを考えながら道を歩いていた。気分は滅入る一方だ。
「あー、暗っ! 俺様ともあろうものが何、この暗さ!」
いきなりそんなことを大声で叫んでみる。
物陰に身を潜める秘密警察たちが一瞬、銃を構える体勢を取るが、プロイセンの姿を認めるとすぐに元の位置に戻っていった。
毎年、この日は朝から彷徨き回って夜中や明け方に帰宅する為、秘密警察にまですっかり顔パス状態だ。
どうやら、最初の頃に何度も連行されては上司連中を呼び出したせいか、今では秘密警察たちに何らかの通達が出されているようである。
「待ってろ俺様のビール! 今日は朝まで飲んでやるぜ!」
と、懲りずに叫んでから、プロイセンは足を早めて自宅を目指す。
やはり、こんな時は飲むに限る。飲むためには帰宅するしかない。
現在、この国は夜間の外出禁止令が出されていた。街には秘密警察の他にロシアの軍が監視に立つ。なので、民間向けに夜間に営業している酒屋があるわけもなかった。そして、こういう時の為に日頃から買い貯めしているビールが活躍するというわけだった。
ちなみに、買い貯めしているビールは、上司に黙って水面化で取り引きをしている西側から仕入れた上物だ。
早速、あのビールを飲む口実が出来たと、プロイセンの気分は簡単に浮上してくれた。
今は撤去されてしまっているが、かつてフリードリヒ二世の像が建っていたベルリンの目抜き通りが見える場所に、現在のプロイセンの住居はあった。掃除が面倒という理由でシンプルな家屋を選んでいる。
その自宅の玄関前に人影が蹲っているのが見えた。
「…んー? イタリアちゃんか!?」
街の雰囲気に似合わない脳天気な大声に、その人影がビクリと身を震わせ、それから恐る恐るという動きで顔を上げる。
「おお! やっぱりイタリアちゃんじゃねぇかよ!」
「プロイセーン! 遅いよ! この国、怖いよぉ。ここに来るまで何度も銃持った軍人に職質されたんだよぉ」
プロイセンの姿を認めたイタリアが大泣き状態で訴えってくる。久しぶりに見る可愛い姿にプロイセンの機嫌は最高潮に達したようだ。
「おー、悪りぃな。今はここ、ロシアの監視下にあっからなぁ。っつうか、そんなことより入ってくれよイタリアちゃん!」
鍵を開け、イタリアを自宅へと招き入れる。よほど、外で監視の目を注がれ続けていたことが堪えたのか、イタリアは家の中へと全力で駆け込み、ドアが閉まったことを確認すると、そのまま床に座り込んでしまった。
「ビールしかねぇけど、ビール飲むか?」
「うん。俺、ドイツんとこのビール好きだよ」
床に座り込むイタリアを気にした風もなく、プロイセンは冷蔵庫からビールを戸棚からグラスを取り出してテーブルに並べる。
「イタリアちゃん、ここ座れよ」
「ヴェ〜」
そう言って立ち上がるも、イタリアは慎重な身動きで移動する。それを見つめ、プロイセンは一瞬首を傾げかけ、それから合点がいったように「あー」と声を上げた。
「ヴェ!?」
「盗聴とかなら心配いらねぇよ。初っ端に全部調べて取っ払ってっから」
「ヴェ…」
やっぱり、そういうのあったんだ、とイタリアの顔が語っていた。
プロイセンはビールをイタリアのグラスに注ぎながら、相変わらずの脳天気な声で訪ねる。
「で? どうした? なんかあったのか? イタリアちゃんがわざわざこっちに来るとはただ事じゃねぇんじゃね?」
質問されたものの、とりあえず気分を落ち着かせたいイタリアは、注がれたビールを一気に飲み干す。
「ヴェ〜。…あのね、壁のせいで、ドイツがすっごくへこんでてさ」
「ヴェストが…?」
「うん。プロイセンが無事かどうかもドイツには確認することも今は出来ない状態じゃない」
「あー…、表面上は敵国になってっからなぁ。上司連中はすでにスパイ合戦やってっし」
「それでね、俺が東ドイツ訪問って仕事を上司に無理矢理作ってもらって、様子見に来たんだぁ」
「イタリアちゃん…!」
プロイセンはテーブルに身を乗り出してイタリアの両手を握り締める。そして、気付く、その手の冷たさ。
「っつうか、イタリアちゃん、いつから待ってたんだ!?」
「ええと、夕方前…かな」
「Oh mein Gott! 俺様としたことが、イタリアちゃんを待たせちまうとは!」
「あ、でも、連絡入れずに来ちゃう俺も悪いんだしさ…」
イタリアは握ってくる手をさらりと退けながら、しかし、気を使うような笑みを浮かべた。
「それにさ、俺も気になってたんだよ。…ほら、今日ってさ、老フリッツの…」
「……」
一瞬、表情の消えたプロイセンの顔をイタリアはしっかりと見つめていた。それから、笑おうとしたのだろうが、うまくいかずに泣き出しそうな顔になる。
「ぇぇええ!? イタリアちゃん!? 何!? 俺、泣かせた!?」
「ちが、違う…プロイセンのせいじゃなくて。ごめんね、俺、…ええと、やっぱりごめん。こういうの苦手だぁ、上手く言えないや」
「何イタリアちゃんが謝ってんだよ」
いつもの脳天気な表情、声音に戻っていたプロイセンが、脳天気な口調でそう言う。
イタリアは、やはり上手く笑えず泣き笑いになっていた。
「だって…、今日だって、こんな夜中まで家空けてたのって、老フリッツを見舞ってたんだろ? 今はこっちに戻ってきてたんだっけ。大戦の間も、今も、ずっとあちこち移動してたって、聞いたよ、俺…」
プロイセンはふざけた調子を引っ込めて、静かにビールを飲んでいく。
イタリアが沈黙に対してどうしようかと狼狽え始めた頃、プロイセンが口を開いた。
「何だよ、知ってたのかよイタリアちゃん」
イタリアは心外だというように軽く眉根を寄せてみせる。
「俺だって、ちゃんと覚えてるよ。俺たちの独立の時だって、プロイセンにはいっぱい助けてもらったんだ。忘れるわけないじゃんか」
どうして、こんなに泣きたい気分になるのだろうと、イタリアは思う。日頃が騒がしいだけの存在のプロイセンの久しぶりに見る生真面目な一面のせいだろうか。
彼は、これからも続いていくだろう日々の中で、この日を、ずっとこんな調子でやり過ごして行くのだろうか。
泣き出しそうな顔のイタリアの前で、プロイセンが新しいビールの栓を開けていた。
「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか、イタリアちゃん」
そう呟くと、プロイセンは自分のグラスに注いだビールを一気に煽った。それからヘラヘラと笑い出したかと思えば、いきなりテーブルに突っ伏した。
様子からして酔いつぶれたわけではなさそうだったが。
「プロイセン!? え? 何?」
「うへへへへへへ」
「……プロイセン」
「何? イタリアちゃん」
イタリアはやはり、泣きたい気分で笑顔を作った。
「大丈夫なの?」
「まだ酔ってねぇぜ」
「そういうんじゃないよ」
突っ伏したまま。プロイセンは顔を上げることはしなかった。
「俺様は、いつだって大丈夫だぜ。一人楽しすぎるのは慣れてんぜぇ」
「ねぇ、プロイセン」
「何、イタリアちゃん?」
「プロイセンは、大丈夫なの?」
僅かな間、一瞬だけの沈黙。
「…ありがとな、イタリアちゃん。当分、ヴェストのこと頼むわ」
顔を上げることなく、プロイセンはそう呟く。声音は静かなものに変わっていた。
イタリアは、今度こそ、頑張って少しだけ穏やかに笑う。
「うん。頼まれた」
朝を待ってイタリアをゲートまで送ると言ったプロイセンは、俯せたまま最後まで顔を上げなかった。
1989年10月9日 東ドイツ・ライプチヒで大規模なデモが起きる。
同年 10月18日 東ドイツの上司が解任。
同年 11月9日 国境ゲート開放。
同年 11月10日 ベルリンの壁崩壊。
1990年3月18日 東ドイツにて自由選挙が実施。
同年 8月23日 ドイツ統一条約が調印される。
同年 9月12日 ドイツに関する「最終規定条約」が調印される。
同年 10月3日 西ドイツ基本法23条に基づき、東ドイツの州が西ドイツ(ドイツ連邦共和国)に加入。
「兄さん! ああああ、もう、本当に『何もしない』と言っていたが、本当に何もしなかったんだな!」
「言葉がおかしいぞ、ヴェスト」
「誰のせいだ! なんでここまで放置してた! 経済格差は覚悟の上だが、環境汚染が特にひどすぎるだろ! どうやったらここまで出来るんだ!」
「ロシアの容赦無い要求を全部聞いてやって、独裁したがるやつには勝手にさせて放置してたらこうなった」
「独裁…!!!」
「先の大戦での民族全滅を狙った野郎みたいなことはやってねぇよ」
「やってたら、スナイパーでも送り込んでるところだ!」
「お前ならマジでやりそうで怖ぇよ」
「予想を上回る予算の捻出が必要だな、これは…」
「大変だな、大国を維持すんのも」
「人事みたいに言ってくれるな」
「あ?」
「現在の混乱が、あまりに再統一を急ぎすぎたことも原因の一つだとは分かっている。それの非は認めるが、強引に東を吸収する形で再統一に踏み切ったことは絶対に謝らんぞ」
「…あ、そ」
「だが、再統一が果たせた以上、これからの課題を着実にクリアしていかねばならん」
「まあ、そうだな…」
「兄さんほどの手腕があれば、何とでも纏められるだろう!」
「は?」
「これからは、国らしく仕事をしてもらうからな!」
「し、仕事!?」
「隠居なんか、させんぞ」
「国の隠居って何だよ? っつうか、仕事って…今更…」
「四十一年の歳月がこれだけの意識の隔たりを生んだんだ。十年やそこらで元に戻るなんて思ってはいない。何倍もの時間を費やすことになるだろう。人間には長い時間かもしれんが、我々にはさほどのことでもないはずだ」
「…さほどのことでもない、ね」
「一人でアメリカやロシアを相手に論戦していた四十一年間を思えば、どれほどの歳月が掛かろうとも俺は苦じゃぁないぞ」
「…はははは。国民には負担かけるなぁ」
「上司を選んできたのは国民だ。そこはまあ、がんばって我慢してもらうさ」
「お前もすごいこと言うようになったな…」
「それで、だ。まず、何より最優先させて急ぎたい仕事がある」
「経済回復の案出せとか言われても無理だぜ」
「そんなもん期待してないから安心しろ」
「なんか、ひでぇな…」
「俺は、後三十分で家を出ないといけない。明日から、作業に入れるように、周囲の承認の意の最終確認をせねばならん」
「忙しいなぁ、お前…」
「兄さんにも明日から一緒に来てもらう。そのためにこれに目を通していてくれ。作業開始が決まれば、すぐにでも位置の確認をしたい。兄さんなら覚えているだろう? なにせ生き証人だ」
「……あ?」
プロイセンは怪訝な顔をしたまま、ドイツに渡された書類を一枚一枚めくり、その内容を確かめていく。内容を把握していくにつれ、表情が強張っていくのが、プロイセン本人にも分かった。
ドイツは素知らぬ顔で話を続けている。
「さすがに、二百五年前の犬の墓の正確な位置など調べるのは至難の技だからな。兄さんがいて何よりだ」
「…ヴェスト、お前、これ…」
「とにかく、ナチスと混合されてしまった時期が長かったせいで、正式に埋葬するにも周辺の連中の許可を取るのに手こずってしまった。もう時間が無いんだ。絶対に明日から着工に入る。八月十七日までに必ず完成させないと意味がないからな」
「ヴェスト…」
「何だ? まさか、覚えてないとか言わないよな?」
「覚えてんよ! あの犬たちは親父に頼まれて俺が埋葬してやったんだ」
「そうか。それは良かった。やるからには、正確な場所でなければ、大王にも申し訳が立たないからな」
「そうじゃなくて…。ヴェスト、お前…」
「だから、何だ?」
「親父の墓を…、遺言した場所に埋葬し直すって…何で…」
「何で、とは? 妙なことを聞く。政治利用を恐れてあちこち棺が動かされるのも、いい加減に止めてやりたいと思わないのか?」
「そりゃ、思うさ!」
「だったら、なんでそんな顔をしているんだ、兄さん?」
不思議そうに首を傾げるドイツを見詰める。それから、いきなりプロイセンは書類を放り投げた。ドイツが「何をしてるんだ!」と叫ぶが聞こえてもいないようだ。
「聞いてねぇぞ、ちっくしょう!!!」
絶叫するなり、プロイセンは弟に飛びついた。抱きしめ、キスをしまくる。
「なんだ!? ちょ、離せ! 苦しい! 兄さん!!!」
驚いたドイツが、引き離そうと藻掻くが、意地でも離すものかとプロイセンは抱きしめる力を弱めない。
「ちくしょう! 俺様の弟、最高すぎるじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁ!」
プロイセンの遠慮ない絶叫が響きわたる。
1991年8月17日 フリードリヒ二世の墓がサンスーシ宮殿の庭先の芝生に移された。 「犬たちと共に葬って欲しい」という遺言通りに、ようやく死後二百五年経った命日に犬たちと共に眠ることになる。
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10.03.30
「Oh mein Gott!」 = 英語のオーマイガッ! と同じ意で。
史実ネタ引っ張ってくるにも、何でこういう妙なネタを引っ張ってくるんだ、と自分でも思います。すみません。
フリッツ親父の棺の扱いに泣けて、再統一の翌年の命日にきちんと埋葬され直されたことにまた泣けた。 しかし、ここに至るまでの経緯がさっぱり見付からない。誰が言い出したのか、反対とかあったのか。
情報が少ない…!
※ 後日、分断時代には親父の棺は西側にあったという情報をゲット。…そんな気はしてたんだけどね。東側には置かないよなぁと…orz すみません。大目に見てください。><
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