邂逅

 

 

 

 

 

 

「やあ、跡部。ちょっと良いかな?」
 氷帝学園の校門を出たところでそう声を掛けられる。
 聞き覚えのある声に立ち止まり、視線を向けた。

「何の気まぐれだ? テメェが俺を待ち伏せとは」
「待ち伏せはあんまりな言い様だね。ただ跡部を待っていただけだよ」

 視線の先に認めたものは、青春学園三年の不二周助の姿だった。
 意外な来客に、跡部の後ろにいた樺地も少し驚いたような顔をしている。

「おい。お前は先に帰ってろ」
 振り返り、そう指示を出す。
「ウス」
 いきなりな命令に躊躇することなく返事をした樺地は、跡部の荷物を彼の足下に置き、それから、不二に向かって一礼してからその場を離れた。

 関東大会が終わってから、五日ほどが経っていた。
 全国大会の開催まで、あと一週間を切っている。

 そんな夏の日の夕暮れ時。


「そんなに警戒しなくても良いよ」
 跡部が人払いをしたことを言っているようだ。
「そんなんじゃねぇよ。どうせ、お前のことだ、このまま練習にでも付き合えとか言う気 なんだろうが」
「さすがは跡部だね。話が早いや」

 いつもと変わらぬ穏やかな口調で言う不二を、跡部は静かに見詰め返していた。



「久しぶりだね」
「関東の初戦で会ったろ。たいして久しぶりでもねぇよ」
「そうかな。随分会ってない気がするけど」
 近場のストリートテニス場に向かいながら、そんな会話をする。
「で? 今日は何の用なんだ?」
「用って程でもないんだけどね。ああ、そうだ。まずは、全国行きおめでとう」
「情報が早ぇな」
「氷帝が出るって聞いて、どこの学校も大騒ぎになってるよ」
「開催地枠とかいう、妙な出場の仕方になったけどな」
「推薦されるだけの実力を認められているんだから、素直に喜びなよ」
「励ましか? 敵に塩を送るような真似してどうするんだ、テメェはよ」
「跡部は捻くれすぎ」
「うるせぇよ」

 ストリートテニス場は、夏の夕暮れ時ということもあって賑わっていた。
 二人は、順番待ちをする訳でもなく、空いた観覧席に腰を下ろした。

「手塚、全国大会の前までには必ず戻るって。間に合うらしいよ」
「そうかよ」
「ほっとした?」
「何で、俺がほっとするんだ。テメェらの部長だろうが」

 涼しい風が吹き抜ける。
 風を追うように、不二は視線をテニスコートへと向けた。
 一つの試合が終わったようで、メンバーチェンジが行われている。

「手塚の肩を潰しかけたこと、後悔した?」
「ああ?」
「してないよね。というか、してるって言ったら、ここで殴らせて貰うけど」
「はあ?」
「たぶん、ボクも手塚も、跡部のプレイに感謝してる」
「……」

 不二の言わんとすることの意味を計れずに、跡部は疑問符を連発するばかりだ。
 コートを見詰めたまま、不二は静かに言葉を続ける。

「関東の決勝で立海の切原と試合をしたときにね、手塚の感じてたことを理解できた気がしたんだ」
「……」
「跡部はさ、手塚が肩を庇って試合していることに気付いても、手を抜かずに試合を続けてくれたよね」
「…そこを狙って汚ねぇ試合をしたと言われてるが?」
「狙うっていうのは、わざと肩に当たるような球を打つことだよ。跡部は、ただ、それを利用して戦略を組み立てただけだろ」

 時間を掛けて消耗戦に持ち込もうという考えは、ただの戦略に過ぎない。
 手塚には、肩が保たないと判断し棄権するという選択もあったのだ。しかし、手塚は、肩の痛みを押してでも跡部との試合を続けることを選んだ。
 消耗戦に持ち込まれようが、試合をすることを選んだのは手塚自身なのだ。
 あの切迫した試合状況の中で、そんな戦略を組み立てられる冷静さを持ち続けた跡部に敬意を感じることはあっても、彼を責め立てる必要などどこにも無かった。
 むしろ、肩を気にして、短時間で終わらせてやろうなどと言う考えの方が、よっぽど屈辱的だったはずだ。特に手塚のような全国レベルのプレーヤーにとっては。

「手塚は、あの試合の後半、プレイに集中して傷みも感じてなかったはずだよ」

 どんな状況であれ、全力でプレイを続けた跡部に引きずられ、手塚も今までにない勝利への執着と熱い闘争心を見せたのだ。
 ポーカーフェイスで、テニスに対しても淡々と向き合っているようにしか見えなかった手塚が、初めて見せた本気の闘争心。

「本気にならないと、勝利に執着することも出来ないんだよね」

 ずっと手塚のことを誤解していたらしい。
 不二と同じように、勝敗に執着できないタイプの人間なのだと思っていたのだ。

「手塚を初めて本気にさせた試合の相手が、跡部だったっていうのは、少し妬けるけどね」

 跡部は、遠くに沈む夕日を眺めるだけで、相槌も打たない。
 無反応な跡部を眺め、それから跡部の視線を追うようにして不二も夕日を眺めた。
 夕暮れ時の、少し冷たくなった風が心地良く吹き付ける。

「跡部の勝つためには容赦しないプレイスタイル、ボクは好きだよ」
「何の告白だ?」
「全国でまた会おうっていう告白」
「何だ、そりゃ?」
「ウチと当たる前に負けないでよ」
「当たり前だ。お前らにも勝ってやるよ」
 その言葉を聞き、不二は楽しげに笑う。それから、身軽な動きで立ち上がり、テニスコートから出ていこうと歩き出した。
「おい。テメェは、何しにここまで来たんだ?」
「うん? 確認…かな?」
「ああ?」
「跡部が手塚を気にしてないかっていう、確認」
「舐めた真似してんじゃねぇよ」
「大丈夫そうで、安心したよ」
「ったりめぇだ」
 そう言って、跡部も立ち上がる。不二の後を追うように階段に足を掛けた。

「跡部って、口は悪いのに付き合いは本当に良いよね」

 冷やかすような口調でそんなことを言う不二を、跡部は思いっきり睨み付けた。
 不二は笑いながら話を続ける。

「コートが空いてたら、少し打ちたかったけどね。こんなに混んでいるじゃ仕方がないか」
「さっきから、何、好き勝手なこと…」
「ほら、キミの後輩が心配そうにしてるよ」

 怒った口調で言い掛ける跡部を遮るようにして不二は言ってやる。

 不二の指し示す方角を見遣れば、帰ったはずの樺地の姿があった。
 後を付けて、甲斐甲斐しくじっと待っていたというのか。

「それじゃあ、お先に。今度は全国大会の会場で会おう」

 最後まで自分勝手な爽やかな言動のままに、不二はテニス場から去っていく。

 その後ろ姿を見送りながら、思わず舌打ちしそうになるのを何とか押さえた。
 大きく溜息を一つ吐き、それから、跡部は樺地のいる場所に向けて歩き出した。


 中学最後の熱い夏が、もうそこまで訪れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2005.7.24
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またも、何が言いたいのか、判るような判らないような、微妙な話ですみません。
自分でもよく分からなくなってきた。

珍しく青学の不二を書いたけど、口調が思いっきり偽物くさい。
不二って割と丁寧なしゃべりなのは判っているが、「〜だよ」「〜だね」「〜してよね」という語尾で良かったのか、非常に悩む。
原作の25巻〜26巻をしつこく読み返すが、結局、口調は掴めないまま書いてしまった。(っていうか、この不二の性格は私の書く滝とキャラが思いっきり被ってるよ)

まあ、その、卑怯なテニスっつうのは、阿久津や切原のような、相手の体に当たるように狙って打つものであって、跡部の消耗戦好きな戦略型テニスはたいして卑怯でもないんじゃないのか、っていうことを思ったわけで。
むしろ、口が悪いだけでやってることは結構紳士的。どう悪役ぶっても、育ちの良さは隠せないという気がした(笑)

っていうか、テニプリはラフプレーする人が多すぎ。
主人公のツイストサーブも思いっきり対戦相手の顔を目掛けて跳ね上がるしね。確か、伊武もラフプレーが多かった覚えがあるぞ。


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