バースディプレゼント・その後

 

 

 

 

 

 

 

 その晩、樺地は跡部宅へ呼ばれた。
 やはり、今日の部活中に樺地が起こした行動についてだろう。

 忍足の助言の通りにやってみたら、跡部は真っ赤になりながらも非常に怒っていた。
 それも、樺地に対してではなく、何故か、忍足に対して跡部は非常に怒っていたのである。

 どうしてなのか、樺地には判らなかった。
 監督に聞いても「跡部に聞くといい」としか言ってくれなかった。

 

 

「あの…」
「なんだ?」
 声を掛けられたので即座に聞き返すが、続きの言葉が出てくるまで数瞬の間が空くのはいつものこと。
 のんびりとコーヒーを啜りながら樺地の言葉を待つ。

「どこが、いけませんでしたか?」

 予想はしていたとはいえ、いきなり話題として振られると慌てる。コーヒーを吹き出しそうになって、跡部はごほごほと咳き込んだ。
 咳き込みながらも樺地を見やれば、期待に満ちた面もちで跡部の答えを待っている姿があった。
 口元を押さえたまま、跡部は考え込む。はっきり言って難しい。
 下心も何も無いからこそ、回答に困るのだ。

 中学生という、微妙で多感な年頃。大人に近く、まだまだ子供でもある時代。
 恋愛にまつわる知識は、豊富な子と無縁な子との差が激しく出る時期でもある。
 高校生ともなれば、知識も同レベルになってくるのだろうが、この年代は非常に個人差が生じるのだ。
 樺地はどうみても、無縁なタイプだろう。そして、跡部は明らかに豊富な方。
 これを知っていて、忍足が仕掛けてくれたいたずら。

 無意識に唇に手が行く。今も尚、消えることのない口の中に残った生々しい感触。女相手でも、ああいうキスはあまりした経験はなかった。
 ただ触れるだけのキスならあそこまで頭に血が上らなかった。

 あの野郎…。明日こそぶん殴ってやるからな。

 ここにはいない悪友を思い浮かべ、跡部は心の中で悪態を吐く。

 樺地をここに呼びつけて置いてなんだが、俺はどうすれば良いんだよ…?


 時刻は午後八時。
 場所は跡部の自室。

 樺地はじっと跡部を見詰めてその答えを待った。
 明日の打ち合わせなどで忙しいはずなのに、跡部は樺地のために僅かな時間を割いてくれて、今こうして共にいてくれている。
 優しい人。尊敬する人。ずっと一緒にいたいと願いたくなる人。

 せっかくの誕生日プレゼントだったのに、喜ばせることが出来なかった。それどころか、ひどく不愉快にさせたらしい。それが悲しかった。

「悪いところ、教えてください。直し、ます」
 実に真摯な態度で樺地は跡部に詰め寄る。
「あのよ。何の為に何をどう直す気なんだ…」
「ウス。跡部さんを、喜ばせる為に、テクニックという、ものを」
「――…」

 意味判って言ってんのか、お前。

 額に手を当てて顔を伏せ、跡部は小さく息を吐き出した。

 マジで恨むからな、忍足。

 樺地の顔を真正面から見詰め、跡部は堅い声を出す。

「良いか、樺地」
「ウス」
「ああいう行動は、感情を伴ってやるもんなんだよ」
「感情…」
「好きだとか、そういう感情」
「…ウス」

 判るような判らないような。樺地は小首を傾げ、考え込む。

 つまり、好きだからキスする。そういうことなのか?
 じゃあ、やはり自分の取った行動は間違っていない。
 だったら、何で跡部はあんなに怒ったのか。
 判らない。
 疑問がまた増えた。

「俺は、跡部さんの事、好きです」
「あ?」
「だから、間違ってない、と思う」
「…ああ?」

 よく分からないが、樺地は勝手に答えを導き出した模様。

 跡部は、片手で顔を覆った。言葉が続かない。

「……あのな。お前の言う好きと、俺の言う好きはたぶん違うと思うぞ」
「…?」
「本気で惚れた時、どうしようもなく相手に触れたいとか思うときがあるんだよ。それで、抱き締めたりキスしたりする」
「…ウス」

 好きだから触れたい。
 好き…。つまり、恋心というもの。

「お前、初恋とかの経験ないか?」
「ウス?」
「初めて誰かに気を取られた経験」

 いきなりな質問だが、樺地は己の過去を思い起こす。
 出てくるのは、跡部ともう一人、年の離れた従姉の姿だった。
 ずっと側で話を聞いていたいと思った。夏休みや正月になると会いに来てくれる従姉。綺麗な人で、側にいるだけでドキドキして楽しかった。

 ああ、なるほど。これか。

 側にいたい。その次に来るのが触れたいという感情。

 うん。やはり、自分の取った行動は間違っていない。
 誤解しているのは、跡部の方だ。
 どうしたら、伝わる?
 考え、そして、ある人物の顔が浮かんだ。

「帰り、ます…」
「え? ああ。…そうか」

 いきなり帰ると言い出した樺地に多少の戸惑いを感じながらも、跡部自身、色々と忙しい為見送るしかないのが現状。

「とにかくだな、あれは忍足の悪ふざけだ。真に受けるな」

 それだけは、何度でも言っておく。

「ウス」

 頭を下げ、樺地は跡部の部屋から出て行った。

 

 

 その後、樺地が忍足に電話を掛けた事実を当然ながら跡部は知らない。
「恋の伝道師」を自負する忍足なら何か解決策を教えてくれるかも知れない、そう単純に樺地は思ったのである。

 樺地は、跡部宅から出てすぐに忍足の携帯へ連絡を入れた。忍足は「人はいろいろ難しいっちゅうこっちゃな。時間あるなら、一緒に映画でも観ながら話せえへん?」と樺地を自分の部屋へ招いてくれた。

 そういう訳で、樺地は忍足の部屋に赴き、一緒に切ないラブロマンスの映画を観ることになった。

 優しく切ないストーリーに忍足は涙し、樺地は愛しい者を愛撫する恋人達の姿に感動を覚えていた。
 このように、思いを込めて優しくすれば良かったのだろうか。必要なのは、優しさと情熱。

 かなり見当違いの事を樺地は思ったのだが、忍足はそれを否定せず、むしろその通りと言い張ってくれたのである。

 

 

 

 翌日の十月四日。
 押し寄せる取り巻きを何とか回避した跡部は、芥川や宍戸達と屋上にいた。遅目の昼食を取りながら、ぼんやりと空を見上げる。

 十月とはいえ、その日は快晴で風も無く暖かかった。

 昨日の混乱から何とか立ち直ったものの、今日はまだ樺地と顔を合わせていない。
 樺地はどうしたのだろうか。
 昨夜の帰り際、妙に考え込んでいたのが引っ掛かっていた。

「あ、樺地ーっ!」
 寝転がっていた芥川は、屋上への入り口である鉄扉を押し開けて姿を現した樺地に気付き、大声を出した。
「よう」
 跡部も軽く手を挙げてみせた。
「ウス」と頭を下げ、樺地は跡部の目の前までやって来た。
 真面目くさった顔をした樺地に、跡部は何事かと思案する。
「どうした?」
 まだ、悩んでいるのだろうか。そんなことを思いながら、樺地を見上げた。

「ウス。昨日の、ことで…」
「は?」

 樺地は呟き、跡部の頬にそっと手を添えた。理解が遅れた跡部は一瞬呆然となる。
 その隙に樺地は行動を起こしてくれた。

「え!?」
「うわぁ」
「あっはっはっはっはっは!!」

 宍戸の驚愕した声と、面白がる芥川の声。そして、樺地の後からやって来た忍足の爆笑する声が響き渡った。

 昨日と同様にきつく抱き締められ、昨日よりもより丁寧な口付けを施されてしまう。
 頭が混乱する。
 樺地が何故こういう結論に達したのか判らなかった。
 また、忍足の入れ知恵か?


「な、長げぇな…」

 呆然としたまま宍戸が呟くも、跡部は樺地の手から逃れることが出来ないでいた。
 かなりの時間を要したあと、樺地はやっと跡部を解放する。

「何の真似だ…?」
「跡部さんへの、愛情を伝えるにはこれが一番、良いと」
「あ、あい…?」
「ウス」

 何とも言えない沈黙。

 居心地悪そうに宍戸が身じろぎしていた。

 思考が定まらない。

 跡部を支えるようにして立つ樺地から離れようとした途端、跡部はその場にへたり込んだ。

 動けない。
 情けないことにまったく動けない。

「ウス?」
 心配そうに樺地が手を伸ばすが、跡部はそれを払い退けた。
「何でもない。お前は先に戻ってろ」
 辛うじてそう言うも、声に力が入っていないことは一目瞭然だ。
 まだ心配そうな眼差しを向ける樺地に、宍戸が苦笑いを浮かべ声を掛ける。

「跡部は俺が後で教室に届ける。気にすんな。あれは怒っちゃいないぜ。むしろ、喜んで――」
「ふざけたこと言ってんじゃねぇ!」
「…ほら、跡部の為を思うなら先に帰ってやりな」
「ウ、ウス…」

 宍戸に背を押され、途中から逃げる口実も兼ねて忍足が背中を押し、樺地は屋上から退散させられた。

 去り際にニヤニヤ笑い続ける忍足が見え、跡部は怒鳴りたい衝動に駆られたがそんな気力も残ってなかった。



「おい、大丈夫か?」
 立ち上がらせようと宍戸が手を伸ばすも、跡部はそれすらも払い退ける。

「触んじゃねぇっ!」

「あー。はいはい」

 やはり苦笑いを浮かべる宍戸。遠慮無く面白がってくれる芥川。

 そんな二人を、腹立たしそうに跡部は睨み付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2005.10.28
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跡部様、腰砕け状態(爆)

頭に思い描いていたものと随分違う話になってしまった。
ギャグの予定でしたが、どうにもCP臭い話になってしまいますな(笑)


作中に書きそびれましたが、跡部の誕生日当日のご予定は某跡部本に書いた話。(一応、時間軸は同じで)

本当は「1」のみしか書くつもりはなかったのですが、妙にウケたのでその後の話として書いてみました。
跡部が真面目に恋愛を語る姿に非常に違和感を感じて仕方がないです…(笑)

 

 

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