部長の会話

 

 

 

 

 

 

 

 氷帝学園中等部のテニス場はクレーコートが4面とハードコートが4面あり、男子・女子で週替わりで使用している。便宜上、クレーコートを第一テニス場と呼びハードコートを第二テニス場と呼んでいた。単純に作られた順番である。
 どちらもコートを一望できる観戦用スタンドにナイター設備も完備されている。

 その日、クレーコートに業者による整備が入り午後の練習はハードコートを男女共同で使うことになっていた。中央に幅の広いネットを張って区切りを付け、男子と女子でそれぞれ二面ずつ使用することになる。
 男子も女子も部員の数だけは多いテニス部である。それがこの日はいつも以上に手狭になってしまっている。コートに入って練習出来るのは、どうしてもレギュラー選手が中心となり、平部員たちはコートの外でランニングや基礎練習といったことに専念していくことになるのは仕方のない事と言えた。

 日頃から、部員が二百人を越える男子テニス部では実力のばらつきを押さえるため、大雑把ながらもグループ分けをしてトレーニングさせている。各グループに一人ずつ代表者を指名し、その代表者に指示を出すことでグループ全体に指示が行き渡るようにしていた。

 本日の指示を平部員たちに出し終えた跡部は、ようやく自分の練習に時間を当てることが出来るという思いから足取りも軽くコートへと戻ってくる。
 観戦スタンドに立ち、現在の練習状況を眺めた。
 二面とも使用中で、どうやら二面同時に練習試合をしているようだ。
 忍足対芥川、宍戸対向日という対戦が行われている。それを取り巻くのは、手の空いたレギュラーと準レギュラー達。
 跡部がいなくなるとすぐにさぼろうとするレギュラーたちにしては、珍しい光景だ。

「俺の気分の良い日に限って、真面目に練習しやがって」

 遊んでいるようだったら無理矢理にコートを空けさせようと思っていたのに、これではどう考えても無理だ。試合が終わるまでは、跡部にコートの使用権は回って来そうにない。

 本格的にすることが無くなってしまった跡部は、ぶらぶらとコート脇を歩いて女子テニス部の方へ向かった。丁度、女子テニスの部長が境目として張ってあるネット近くにいるのを見かけた為だった。

「よう」
「あら、跡部君。随分と暇そうね」
「暇なんだよ。相手しろ」
「相変わらず、尊大な態度ですこと。それがお願いする人の言い種?」
「お願いしてんじゃねぇよ」
「あーはいはい。今日は良い天気でございますわね」
「……」
 言い合いをしても疲れるだけと判断した女子テニスの部長は、いきなり態度をあしらうものに変えた。あまりに酷いあしらい方に跡部が露骨に不愉快そうにする。
「文句の多い男ねぇ。世間話をしてあげようって言ってるんじゃないの」
「世間話ねぇ」
「暇なんでしょう? 話し相手になってあげようって言ってるんだから、素直に話に乗りなさいよ」
「……今日は良い天気ですね」
「うっわぁ、すっごいムカつく」
「文句の多い女だな。お前が話に乗れって言ったんじゃねぇか」
「あんたが言うと、何でこんなに腹立つのかしらね?」
「アーン?」

 どこまで本気なのか冗談なのか、端から見ていると非常に判断の付けにくい会話である。それでも、こんな事は日常茶飯事なのか、誰も気にしている様子は無い。
 むしろ、女子テニスの部員達は、滅多に近くでお目に掛かれない跡部の姿を目の保養とばかりにチラチラと盗み見ながら練習に励んでいた。

「あ、話変わるけどさ」
「あ?」
「男子に言っておいてくれない? 女テニをナンパするなって」
「本当に話が変わったな」
「ちょっと、聞いてる?」
「何だよ?」
「だからぁ、試合に集中できないから、男子に女テニに手を出すなって言っておいてよ」
「ああ? 何だそれ」
「男子の三年の誰が格好いいとか、誰に声を掛けられたとかで騒いじゃって、一年や二年の子達が集中力無くしてるのよ。本当に迷惑してるんだから」
「で、そいつは誰だ?」
「背が高くて、眼鏡の格好いい人だって言ってたわよ。心当たりある?」
「眼鏡って、一人しかいねぇだろ…」
「やっぱり、彼か…」
「後で呼び出し決定だな」

 壁にもたれ掛かりその三年生をどうしてくれようかと考えていると、再び話掛けられる。

「そう言えば、先週、卒業アルバム用の写真撮影があったじゃん?」
「もう、話変わってんのかよ…」
 あまりに話がポンポンと変わるので、さすがの跡部も付いていくのが大変なようだ。
「出来上がり見た?」
「見る訳ねぇだろう」
「テニスって三年生だけでも人数が多いから、部全体と学年全体とレギュラーのみの三種類撮ったでしょ?」
「ああ、撮ったな」
「面白い事になってたわよ」
「ちょっと待て。何で、お前がそんなもん見れるんだよ?」

 卒業アルバム用の写真撮影などの作業はすでに始まっているが、アルバムが出来上がり生徒達の手に渡るのは半年近く先の事になるはずだ。
 現職の生徒会長である跡部でさえ、まだ写真などの確認もしていないというのに。

「ああ、それね、たまたまだよ。担当の先生が写真のチェックしているところに私が居合わせただけなの。お願いしまくって、テニス部の写真だけちょこっと見せて貰ったんだ」
「また、くだらねぇことを」
「いいじゃないの。男子がどうなってるのか気になってたの」
「何で、男子のことをお前が気にすんだよ」
「だって、どう考えてもまともな写真にならないでしょう」
「どういう意味だ…」
 跡部がそう聞き返せば、いきなり笑い出す女子テニスの部長。思い出し笑いというやつのようだ。

 腕を組み呆れたように眺めながら、跡部は彼女の笑いが収まるのを待ってやった。

「あー、苦しい。もう最高」
「意味判んねぇし」
「だって、もう、男子の集合写真、凄いことになってたんだから」
「二百人いるんだから、そりゃ、凄いことになるだろうな」
「もうね、「ウォー○ーを探せ」より難しいよ! 女子は、辛うじて誰がどこにいるのかくらいは確認できるのに、男子は絶対に不可能だよ!」
 言いながら、一人勝手に笑いのツボに填ってしまったようで、ひたすら笑い転げる少女。

「んなに、面白いかよ」
「だって、あれが卒業アルバムに載るって思ったら…! レギュラー写真も凄かったよ!」

 レギュラー写真は、確か制服姿で撮ったように記憶する。
 向日がジャージばっかりで写るのはダサイとか言い出して、制服姿で撮影することになったはずだ。

 あれか…。

 何となく、予想は付いた。
 撮影当時からして、異様な雰囲気だったのだ。カメラマンが最後までどう撮影するのが良いのか悩み続けていた。

 彼女が言おうとしている言葉が読めて、跡部は僅かに眉を寄せる。

 撮り直しを希望した方が良いか?
 いや、このメンバーだ。何度撮り直しても同じ事かもしれない。
 榊と跡部と忍足がいる時点で、どうやってもそういう雰囲気を醸し出してしまうのだ。
 今までも、そんな名前で呼ばれることが何度となくあった。

 今更だよな。


 予想を裏切ることなく、女子テニスの部長は言ってくれた。


「あれ、完全に、ホストクラブだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2005.10.2
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ありがちなネタですね。でも、気になる。
氷帝テニス部三年生の卒業アルバムに載るだろう部活動の写真。あの大所帯をどうやって一枚の写真に納めるのか。
カメラマンの腕の見せ所ですな。
それから、是非ともレギュラーのみの写真も撮って、卒業時にみんなからホストクラブだ!と騒がれて欲しい(笑)

 

 

 

 

 

 

 

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