怪談
「いややー。聞きとうない聞きとうない聞きとうない!!」
両耳を押さえて、忍足はその場に蹲る。
「せっかく、忍足先輩のリクエスト通りにお話を聞かせてあげてるのに、その態度は酷いですね」
「誰が、怖い話せぇ言うたか!」
「どんな話でも良いって言ったじゃないですか」
「せやかて、怖い話をしろとは言うてへん!」
「俺が得意なのは、怖い話ですから」
「趣味悪いで、自分」
「それでですね。あの物理室には…」
「ぎゃあああああ!!! ガックン、助けてぇな」
何事も無かったかのように話を再開する日吉から、忍足は悲鳴を上げて走り去る。
「本当。良い反応をする人だな」
走って逃げる忍足を眺めながら、日吉は実に楽しそうに呟いた。
「ひよー、おっしたっりー。何やってんのぉ?」
コートの中で芥川がぶんぶんと大きく手を振っているのが見えた。
珍しく覚醒状態で部活に参加していたようだ。 練習試合をしていたのか、ネットを挟んだ向かいには跡部の姿もあった。
「ジロちゃん、助けてやー」
「なになに? どったの?」
「あ、こらっ。ジロー! まだ終わってねぇだろう!」
練習試合を途中で放棄して、芥川が忍足のいる観覧席に向かって駆け出す。跡部が怒鳴っても、聞こえてないのか気にしてないのか、止まる気配は無かった。
「ったく…」
いきなり試合を放棄された跡部も舌打ちをしながらコートを出る。相手がいないのでは、コートに立ち続ける意味もない。
「俺の話はまだ終わってませんよ、先輩」
「いややー」
いつの間にか追い付いてきた日吉の声に、忍足は今日で何度目になるのか判らない悲鳴を上げた。
「なになに? すっげぇ楽しそうじゃん!」
「楽しいことあらへんがな!」
「俺は楽しいですよ」
「いややー。もう勘弁したってや」
何で俺がこんな目に遭わなあかんねん!
まったく、ネタの振り方を間違えた自分が呪わしい。
いつものように日吉をからかって遊ぼうと思ったのが、今日に限って裏目に出てしまったのだ。
始まりは、昼休み。
テニス部の比較的仲の良いメンバーが屋上に集まって昼食を食べていたとき、忍足は不意に思いついた。
「なぁ、ひよー。俺、今日誕生日やねん」
「知ってますよ。さっき、プレゼント貰っていたじゃないですか」
「お前は祝ってくれへんの?」
「……おめでとうございます」
「うわ。めっさやる気無さ気な言い方やな」
「注文が多いですね」
今日は何を言い出すのかと、かなり警戒気味な日吉の態度に、忍足は人の悪い笑みを浮かべる。
「誕生日プレゼントに欲しいものがあんねん」
「……プレゼントなら、向日先輩や跡部部長から貰っていたでしょう」
「せやから、物やないねん」
「……」
思いっきり警戒してくれる日吉の表情に、忍足は笑いが止まらない。
「せっかくの誕生日やん。日頃滅多に見れないものが欲しいねん」
「……」
「何ですかって、聞いてくれへんの?」
「断ります。そう言うことは、跡部部長に言ってください」
「後輩からも祝って欲しいやん」
「だったら、鳳に言ってください」
「鳳じゃ意味無いねんな。日吉にしか頼めんことや」
「断ります」
「先輩の頼みやないかい」
「公私混同、職権乱用」
「別に、お金掛かることでもないんやで」
「ですから、断ります」
「あんな、俺、お前の話が聞きたいねん。日吉は普段、あんまりしゃべってくれへんやん」
「そんなくだらないこと…」
「だから、誕生日いう名目でな。今日の残りの時間、俺の側でずっと話してくれへん?」
「……」
「別に難しいことあらへんで」
「……何でそういうくだらないことばっかり思いつきますかね…」
そう言い掛けたが、不意に日吉はうっすらと笑みを浮かべた。
忍足は、この時にその意味を察するべきだったのだ。
「……まあ、良いですよ。その代わり、俺の好きな話題で良いですね?」
「どうせなら、ひよの初恋話とかがええねんけど」
「ああ、そういうのが聞きたい訳ですか」
「まあ、そうやな」
お互いに、人を食ったような笑いを浮かべて見せた。
側でその光景を見ていた鳳が、あまりの不気味さに宍戸にしがみついていたことを、二人は知るはずもなかった。
昼休みも残り十五分になろうかという頃。 忍足は日吉の隣に移動するなり「で、初恋は?」と聞いてきた。
露骨に溜息を吐いた後、日吉は「分かりました。じゃあ、リクエスト通りに」と口を開く。
「そう、あれは俺が六歳の頃でした」
そう言って、気怠そうに日吉は話していく。
日頃、人と話すことを面倒くさがっているように見受けられる日吉がどれだけ長くしゃべり続けられるのか、そんな意地の悪い思い付きだったことは認める。
ついでに、面白いネタが聞き出せればそれまた別の楽しみも出来るというものだ。
それが、数分後。
聞き終えた忍足は、悲鳴を上げて向日に飛び付いた。
「うぎゃ! 何だよ、侑士!?」
「ひ、ひよが、ひよが怖いねん」
「何言ってんだよ?」
皆の注目が集まる中、日吉は澄ました顔でパックのジュースを飲み干した。
しかし、鳳だけは気付いていた。彼にしては珍しく、全身に楽しそうな空気を纏っていることを。
飲み終えたジュースのパックを小さく潰しながら、日吉は忍足に向き直る。
「先輩、今日一日という約束でしたね」
「いや、もう充分や」
「約束ですから。遠慮なさらずに」
滅多に見られない日吉の満面の笑顔。ただし、非常に作り物めいた不気味な笑顔。
「ガックン、助けてや…」
忍足は向日にしがみついたまま動けなかった。
誰が想像しただろうか。
冗談の通じなさそうな堅物な外見をした少年の口から語られた初恋の話が、いつの間にか背筋も凍るような怪談話になっていたなどと。
忍足は、彼の趣味を甘く見ていたことを酷く後悔した。
2005.3.6
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こんなタイトルなのに、怖い話は一つも出てきません。
跡部も出そうかと思ったが、話が広がりすぎて忍足から離れるので止めました。中途半端に跡部が登場しているのはその名残。
忍足と日吉のプロフィールを見てると、こういう話が書きたくなってしまった。
ラブロマンス好きと言うことは、絶対に怖い話は苦手だ! と思いまして。
私の周りにいるラブストーリー好きは、皆そろって怪談やホラー映画が苦手な人ばかりですが。
ラブストーリーが特別好きという訳でもない。嫌いではないが進んで観る事もない、という人は、大抵ホラー映画も普通に観てるような。(私もこのタイプ)
日吉は、自分を追い込めるのも好きそうだが、それ以上に人を追い詰めるのが好きそうだよな、と(笑)
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