生徒会

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、来期からの生徒会長は跡部景吾君で決定とします」
「異論はありませんね」

 その言葉に、皆が頷く。

 会議室にて、生徒会長選挙の結果に付いて最終報告が行われていた。
 集まっているのは、今期までの生徒会長と副会長、及び、各委員会の委員長達。そして、生徒会長選挙に立候補していた生徒三名。

「では、後日、改めて生徒総会を開きますので、その時に何かコメントをお願いしますね、跡部君」
「判りました」

 

 

 会議も終わりその場で解散となったのだが、跡部は一人机の前に座ったままだった。
 生徒会の仕組みを判りやすく記された紙をじっと見詰めている。

「跡部、何か気になることでもあるのか?」
 親切にも声を掛けてくれたのは、副会長であった佐々木という男子生徒。

「ああ、これを見ると生徒会執行部というものは存在しないわけなんだよな?」
「そうだな。執行部の代わりに各委員会が動くことになっているんだ」
「しかし、これだけしか委員会が無いんじゃ、不便じゃなねぇか?」
「不便?」
「会計とか財務は存在しねぇのかよ? あと、風紀委員もいねぇし」
「風紀は、校内活動委員がそういった役割も持っているんだ。会計はね、俺ら、つまり会長と副会長とでこなしているんだよ。財務委員会というのを作るのもちょっと不安だろ? いくら実在の議会制度を倣って作られている氷帝の生徒会と言えども、やはりそれなりの金額を扱うことになるし」
 不正が起きないとも言い切れないからな、佐々木はそう付け加えた。
「まあ、確かに、会計だけをこなす委員というのも妙な感じだ…」
「何だったら、跡部の代で執行部を作ってみるかい?」
「ふっ。それもおもしれぇかもな」
 ニヤッと笑えば、佐々木もニヤリと笑い返してきた。跡部ならやりかねない、とでも思っているのだろう。

「ああ、と。一つ助言」
「あん?」
「執行部が存在しない現時点では、副会長は唯一の補佐役だ。信頼も出来て、尚かつ頭の良い奴を選ぶと楽だぜ」
「あんたみたいな奴をか?」
「そう。俺みたいな、ね。有能な補佐役は重要だよ」
 照れもせずに跡部の言葉を肯定した佐々木は意味有り気に笑い続ける。
「判ってるだろうが、お前はアイドル並の取り巻きを持つ上に「跡部様」なんて呼ばれるような存在なんだからな。本当に、副会長は慎重に選べよ」
「この俺様に付いて来られる副会長を捜せって?」
「そういうことだ。冗談抜きで、良い補佐を見付けないと、お前一人で行事の決断や会計とかの負担を抱えることになるからな」

 副会長は、会長自らが選べるシステムになっている。
 誰を自分の補佐に付けるべきか。
 跡部はちょっとだけ真剣に考えてみることにした。

 

 

 

 信頼という意味では樺地を外せないが、しかし、行事の相談事や会費の計算などが関わってくることを考えると、樺地では少々負担が大きすぎるだろう。
 というか、わざわざ副会長に任命しなくても、樺地は常に跡部の補佐役をやっているようなものだ。
「樺地は除外だな」
 教室の机に突っ伏すようして跡部は考えていた。

「あっとべぇ! 新しい生徒会長は跡部に決まったの?」
 机の前にやって来て大騒ぎしてくれるのは芥川滋郎。
「ああ、俺だ」
「すげぇ! かっこいい!!」
 こいつも論外だな。 信頼できない訳ではないが、隙あらば眠りこけてしまう癖をどうにかしない限りは生徒会に入れるのは困難だろう。

「テメェも物好きだな。テニス部でも部長を引き受けてんのに、そのうえ生徒会長もかよ」
「不器用で頭の固いお前には無理な芸当だろ、なぁ、宍戸よ」
 冷やかしに来たのに、逆に嫌味を言われてしまった宍戸はぐっと言葉に詰まってしまった。
 宍戸も却下だ。
 こいつと一緒に生徒会運営なんて不可能に近いな。
 顔を合わせれば口喧嘩ばかり。生徒会の相談をしていても最終的には怒鳴り合いの大喧嘩になっていそうだ。
 それ以前に、こいつは数学が苦手だった。跡部としては、会計を押し付ける相手が欲しいのである。

「くそっ」

 さっきから候補に挙がってくるのが全てテニス部員だと気付き、跡部は何だか自分の交友関係が狭いように感じて忌々しげに目を閉じた。

 

 

 

 会議から一週間後に行われた生徒総会で、新しい生徒会長のお披露目が行われた。
 ステージに立った跡部が挨拶をするために軽く会釈をしただけであちらこちらから黄色い声が上がり、教師達を唖然とさせるという、テニス部員にとっては見慣れた現象が起きていた。
 きゃあきゃあ言う声に掻き消され、跡部の挨拶の言葉などほとんど聞こえてこない状態だったという。

 この日から、正式に跡部が会長に就任である。

 放課後、部活に遅れて行くと監督に伝えた跡部は、生徒会室に入りのんびりと室内を見回した。
 小綺麗に整頓された部屋だ。
 今尚、副会長はいない。
 各委員会から持ち込まれた今後の行事に付いての相談内容の書かれた紙の山を跡部は興味深そうに眺めていた。

 もうすぐ、二年生は修学旅行がある。 旅行日程の細かい修正や予算等の最終決議が必要となってくるだろう。

 プリントの山から早急に決断の必要なものと、会計絡みのものだけを抜き取り跡部は生徒会室を出る。
 外では、樺地が待っていた。 驚きもせず、当たり前のように鞄を樺地に押し付け、跡部はプリントを眺めながら部室へと向かった。

 

 

 翌日、昼ご飯を食べ終えた跡部は、樺地を側に置いて生徒会のプリントに目を通している最中だった。
 そろそろ、運動部、文化部の予算会議もあるはずだ。
 それまでに、大まかな事は決めておいた方が無難だろう。

 ふらりと教室を覗きに来た忍足が、窓際の席でプリントを手に真剣な顔で座る跡部と、その隣で読み終えたプリントを丁寧にまとめる樺地の姿に気付き、側に寄ってくる。
「おー。仕事熱心やね」
「アーン? お前か。邪魔すんなら帰れ」
「邪魔せぇへんて。そないに邪険にせんといて」
 そう言った切り、跡部も忍足も黙ってしまう。
 跡部は変わらずプリントを読み続けていた。忍足は暇そうに跡部を眺めている。
「用が無いなら帰れ。気が散る」
 じっと見詰めてくる忍足に苛立った跡部が声を荒げた。
「酷いわ。なんもしとらんやんか」
「お前は何しに来たんだ。アーン?」
「いや、ただ暇やってん」
「…暇なら仕事をくれてやる。ほらよ」
 そう言うなり、忍足に会計関連のものを押し付ける。
 嫌がって立ち去るかと思いきや、忍足は面白そうだと言わんばかりにプリントに目を通し始めた。
「……」
「これ、計算出すんやろ?」
「あ? ああ、そうだ…」
 目の前で、驚く程の早さで電卓を叩き、必要な数値を出していく忍足に、跡部は呆れたような眼差しを向けた。

 自分から進んで会計の仕事をする奴も珍しい、そう言いそうになって口を噤む。

「父母会に提出するのは、これとこれやな。ちょおペン貸し」
 そう言って、報告用のプリントにまとめた内容を記していく。

 昼休みにダラダラと仕事をしながら、まあ、四日くらいで仕上がればいいかな、という感覚でやっていた跡部の仕事が、その日の昼休みで片付いてしまった。

 意外なところで意外な才能を持った奴を発見。

 しかし、直接言うのも癪だし、言っても嫌がるだろうし。
 じわじわと巻き込んでやるか。

 俯くようにしてプリントを読み続ける跡部の口元に、人の悪い笑みが浮かんでいたが、それに気付いた者は樺地だけである。
 しかし、樺地はそのことを忍足に教えてやるほどお人好しではなかった。

 守るべきは跡部。それが、樺地の信念であった。

 

 

 気が付いたら、忍足が副会長になっていた。

 そんな話が広まるのも、そう遠くないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2005.6.7
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生徒会ものを書こうと思って、氷帝の生徒会の仕組みを20.5巻で調べたところ、
「執行部がいない…」
「予算などの会計はどこの部署が受け持つんだろう?」
などと疑問がわんさかと出てきてしまい、生徒会の話の前に、副会長探しの話になってしまった。
副会長…。ホントは誰なんでしょ?
横柄な会長に付いていける補佐。

副会長をテニス部で選ぶなら、忍足以外に浮かばなかった。
お金の計算は速そうじゃない?(笑)

 

 

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