趣味は語学

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁっ。今日の跡部、すっげぇ機嫌悪ぅ…」

 ランニングを終えた向日がコートに入りながら、そんなことを言う。
 宍戸は「いつものことだろ」と聞き流した。
「機嫌悪いのと、ちょお違ごうとるやろ。それに、今日だけやあらへんで。あいつ、昨日から何かおかしいやん」
 同じクラスのせいか、跡部の異変にいち早く気付いていたらしい忍足がそう言ってくる。

「おかしいって、どこがよ?」
「どこが言われても説明難しいねん。何ちゅうか、いつもみたいな余裕があらへん、みたいな?」
「余裕ねぇ…。確かに、妙にピリピリしてるような気もするが…」

 コートの片隅に寄り集まって立ち話をしていると、その跡部に気付かれた。
「おいっ。やる気ねぇなら、もういっぺん走ってくるか? ああ?」
 いつも以上に、凄みのある罵声。

「あれ、絶対、機嫌が悪いんだぜ? どうみても、八つ当たりじゃんか」
「うーん。俺にはいつもの跡部にしか見えねぇけどな…」
「宍戸は、怒鳴られ役やから、判らへんのも無理ないかもなぁ」
「役かよ!?」
 跡部に怒鳴られたところで、いっこうに練習を始めない三人。
 疲れたように深々と息を吐き出した跡部は、三人のいる場所に向かって歩き出そうとした。その時、ジャージの上着のポケットに突っ込んでいた携帯電話がシンプルな電子音を鳴らし始める。
 電話の相手の名前を確認し、思わず眉根を寄せた。

「コートの中に携帯持ち込むなよ…」
 そう言い掛けた向日の口を忍足が慌てて塞ぐ。
「あの着信音は、仕事やろ?」
「あ…」
「あいつ、マジで中学生かよ。絶対にビジネスマンだよな」

 携帯を三個も四個も持ち歩く跡部は、その種類を見事に使い分けていた。

 家族用。部活用。親しい友人用。そして、親の仕事の件で相談される時に掛かってくる「お仕事用」である。

 案の定、コート脇に移動した跡部が電話に出るなり言った言葉は「Hallo」であった。 それから、向日達には聞き取れない言語を早口に捲し立てていた。

「あれ、何語しゃべってんの?」
「たぶん、ドイツ語やないか? 英語の発音とは違ごうてるし」
「あいつが監督との連絡以外で、携帯をコートの中まで持ち込むのは珍しいな…」
 監督からの急な呼び出しの為に、部活用の携帯がベンチに置かれている、もしくは樺地に持たせていることが常なのは知っているが、それ以外の携帯を持ち込んでいるのを見るのは初めてかも知れない。
「不調の原因は、あの辺やろか?」
 そんな詮索をしながら、電話をしている跡部を眺めていた三人。跡部が会話を終えたらしいことに気付いた途端、大慌てでコートに入った。

 

 

 

「ゆーしぃ…」
「なんや?」
「今日も跡部、超機嫌悪いじゃん…」
「機嫌悪い言うか、調子悪いよう見えるけどな…」
「調子ぃ? どうみても機嫌が悪いだけじゃねぇ?」
 跡部の機嫌が悪かったせいか、昨日の部活の練習は非常にハードなものであった。その法則から行くと、相変わらず機嫌の悪そうな今日もハードな練習ということになりかねない。
「ほんまに調子悪いとちゃうんか? 今日なんて授業中に堂々と寝てたで。先生には優等生で通おっとるあいつがやで?」
 日頃の優等生ぶり、そして、生徒の模範のようなキビキビした態度しか知らないらしい数学の教師は、一時限目から堂々と爆睡してくれる跡部に言葉を失っていた。
 その光景を思い出したのか、忍足は肩を振るわせて笑いを堪える。
 ロッカーの中に脱いだ制服を突っ込みながら、宍戸が「うわっ。それ見たかったぜ」と呑気な感想を述べた。

「おい。うだうだしゃべってる暇があったら、さっさとコートに行け」
 監督にデータ処理でも頼まれたのか、パソコンの前に座っていた跡部が、振り返りもせずにそう怒鳴る。
 絶対に機嫌悪いじゃん、と視線で訴えてくる向日の頭を宥めるように撫でてやると、忍足は跡部の傍らに立った。
「どないしたん? 調子悪いようやったら無理せんどき?」
 モニターを覗き込むように身を屈めてそう言ってやる。
「どこも悪くねぇよ」
「せやかて、お疲れっぽいで、自分」
「どこがだよ?」
「うーん。全部」
「全部って何だよ?」
「自覚無いんかいな。えらいピリピリしとるで。おかげで岳人が怯えて仕方ないねん」
「怯え…?」
 さすがに心外だったのか、跡部は不愉快そうに顔を上げた。
「別に怯えさせた覚えはないが…?」
「無意識やから困るねんな」
 考え込むように、跡部はモニターを睨む。
「……まあ、多少神経質になってたのは認めるが…」
 珍しく、素直に自分の非を認める跡部に、向日は遠慮無く「跡部どうしたんだよ?! 熱でもあるんじゃねぇ?」と大声で騒いでしまい、跡部に思いっきりどつかれた。
「俺はどこも悪くねぇって言ってんだろうが!」
「跡部、そないに乱暴するなや。ガックンも大人しゅうしとき。ともかくや、他の連中も不機嫌な部長様に怯えて集中できひんのは確かなんやで?」
「……」
 威圧的な態度を取った覚えはないだけに、この言われ様はかなり不愉快である。
「判ったよ。今日は、俺はここで事務処理をする。お前らは、いつも通りのメニューこなして勝手に帰れ」
「うわ。いきなり放任になった」
「俺がいたら集中できねぇんだろ?」
「そないに、いじけんでもええやん」
「いじけてねぇよ」
 もう話掛けんな、と言わんばかりの態度で再びパソコンに向かった。

「お前さ、マジで何か悩んでんじゃねぇのか? 今なら、話聞いてやっても良いぜ?」

 よほど素直に非を認めた跡部が信じられなかったようで、健気にも、宍戸は心配そうに声を掛けてやる。

「悩み? 確かにあるな」
「何だよ?」
「お前らが部活サボって、ここでウダウダしゃべってるこの状況だ」
「う…」
「あ、いや…」

 やぶ蛇も良いところだ。
 苦笑いを浮かべた忍足は、二の句が継げないでいる宍戸と向日の背中を押して、ロッカールームを退出した。

 宍戸亮。何をするにも間の悪い男であった。

 

 

 

「ねぇねぇ、あとべー」
 珍しく覚醒モードの芥川が、ご機嫌な様子で駆け寄って来た。
「語尾を伸ばすな。間抜けに聞こえる」
 相変わらずな顰めっ面でそう言うと、跡部は昼食を食べるために屋上へと向かって歩き続けた。

 いつの間にかテニス部の溜まり場と化した屋上の一角。 申し合わせたように、テニス部のレギュラー、準レギュラーたちが顔を揃えていた。
 後、二十分ほどで昼休みも終わってしまうという時間。
 跡部が遅れて合流したのは、生徒会の方に顔を出していたからである。芥川が遅れたのは、たった今、目が覚めたからに過ぎない。

「なぁ、何で昨日は部活に出てこなかったんだよぉ?」
 跡部にまとわりつきながら芥川は問いかける。
「いつも部活をサボってるようなお前に言われたくない」
「いつもサボってる訳じゃないやい。昼寝してたら、いつの間にか部活の時間が終わってるだけなんだ」
「それをサボるっつうんだよ」
「俺の事はいいじゃんか。昨日、俺、珍しく寝ないで部活に出たのに、跡部がいねぇじゃん。ちょーつまんなかったんだぜ」
「男が『ちょー』とか言うな」
「何だよぉ。跡部、今日は小言が多いしー。そういうの小姑みたいって言うんだろ?」
「……」

 言うことに事欠いて、「小姑」は無いだろ。
 真横を歩く、ふわふわの金髪頭を叩いてやりたい衝動を抑え込みながら、跡部は睨むように正面を見据えた。

「来た、来た。おーい。跡……」

 芥川を従えて歩いてくる跡部に気付いた向日が、そう声を掛けようとして固まった。

「うっわぁ。どうしたの、跡部。すっごい凶悪な顔してるよ…」
「不機嫌どころじゃねぇな、ありゃ」
「えらい光景やなぁ。周りの生徒が跡部にびびって逃げとるわ」
 固まったままの向日の横で、滝と宍戸と忍足は半ば呆然と、それぞれの感想を口にしていた。


「ねぇ、樺地。お前は跡部さんの機嫌が悪い理由、知らないの?」
 周りの生徒と同様に、びびって逃げ腰状態の鳳は、隣でのんびりと弁当を食べ続けている樺地に尋ねる。
 尋ねられた樺地は、口に入れていた物をとりあえず飲み込むと、お茶を一口飲んだ。それから、ゆっくりした動作で鳳に向き直る。

「今、跡部さんの家には、お父様の、お友達が滞在していると、聞いた」

「それが、跡部部長の不機嫌とどういう関係があるんだ?」
 跡部が不機嫌であろうとなかろうと、我関せずを通してきた日吉が珍しく興味を持ったようで、会話に割り込んでくる。

「海外からの、お友達だと、聞いている。言葉が、違うそうだ」

 樺地の説明は、どうも的を得ない。
 その場にいる全員が首を傾げた。
 跡部個人のことなので、どこまで話していいのか判断が付かないのだろう。樺地はそれっきり口を噤んだ。

「跡部に聞いたら、答えてくれると思うか?」
「どうだろうねぇ」
「絶対に聞き出してやる。そんな個人的な理由で、部活がハードになって堪るかよ!」
 とはいえ、最高なまでに不機嫌オーラを出してくれる跡部に、強気で迫れる人間はそうそういないだろう。

 いや、芥川とは別の意味で怖い者知らずな人物が一人いた。

「ねえ、跡部。跡部が不機嫌になってる理由ってさ、家に海外からのお客さんが来てるからなの?」

 実にストレートに尋ねてくれたのは、言うまでもなく滝であった。
 あまりのストレートさに、周りにいた友人たちは呆然とする。

「あん?」

 鋭い視線を向けてくる跡部は、何で知ってるんだ? と言いたげな顔をしているようにも見えた。
 滝は、僅かに動かした視線で樺地を示す。滝の視線に気付いた樺地は、心持ち申し訳なさ無そうに跡部を見つめた。 跡部もそれだけで理解したようで、軽く肩を竦めるに留まる。

 情報源が樺地なら、お咎め無しのようだ。

「この扱いの差は何なんだろうな…」

 情報源が宍戸辺りだったら、確実に跡部の怒りが爆発していただろうと思われるだけに、何とも面白くない気分である。

「跡部が樺地とジローに甘いんわ、毎度のことやろ」
「だね」

 跡部はそんなテニス仲間の会話を聞き流しながら、空いたスペースに腰を下ろした。 弁当を広げ、さっさと食べ始める。
 周りでまだ昼食を食べているのは、向日と樺地だけのようだ。
 小柄な外見からは想像も付かないほど、大食漢な向日。何をするにもおっとり、のんびりな樺地。
 もぐもぐ食べ続ける二人を横目に跡部は、そそくさと弁当を食べて行く。

「跡部、さっきの質問の答えは?」
「ん?」
「さっきの質問の答えだよ。ここ数日、ずっとピリピリして不機嫌らしいじゃない?」

 遠慮も何も無い滝に、跡部は顔を顰めるだけに留めた。

「んなに、ピリピリしてるか?」

「してるしてる! めっちゃくちゃピリピリしてんじゃん!!」

 何もそこまで力説しなくても、と言いたくなるほどに向日が力一杯肯定してくれた。

「……」
 無言のまま、パックに入ったジュースを一気に飲み干す。

「で、何か悩み事?」
 滝は聞き出すまで引く気は無いようだ。
「別に悩んでねぇよ」
「じゃあ、お疲れの原因は?」
「お前に関係ないだろ」
「でも、原因を解明しないことには、他の部員が落ち着かないって言うんだから、ここはちゃんと聞き出さないと」
「だから、何でお前に言う必要がある」
「話したら、楽になるかもよ?」
「なるとも限らないだろうが」
「知らないのかい? カウンセリングの第一歩は話すことからなんだよ」
「……」
 俺は、いつから滝にカウンセリングを受けることになったんだ?
 憮然とした顔のままの跡部を見つめていた滝は、仕方がないな、などと呟く。それから、傍らに置いてあった袋から何かを取り出した。

「あーとーべー! カリカリするときは甘い物に限るよ」

 そう言って、滝が差し出した物は、購買で売っているプリンであった。
 プリンで釣ろうとか思ったのだろうか。

「お前、単純に俺のお家事情が知りたいだけだろ?」
「うん」
「道端で話し込む、世話好きのおばさんみたいだぞ」
「よく言われる」

 好奇心丸出しの滝の態度に、返って毒気を抜かれてしまった跡部は、思わず苦笑を浮かべてしまった。

「さあ。時間も無いし、話しちゃいなよ」
「ったく…」

 ぼやきながらも、プリンはしっかりと受け取ってやる。

 皆が、黙って跡部が口を開くのを待っていた。

 跡部は、周りの視線を無視してプリンの蓋を開ける。
 スプーンで少しだけすくって口に運んだ。プリンは、半端に温もっているので、何とも言えない味になっている。
「……」
 無言で芥川にプリンを押し付けた。
「くれんの?」
 少々温もっていても充分に美味しいと思う芥川は、嬉しそうに跡部から受け取り、残りを食べる。
 それを眺めながら、跡部は根負けしたというように口を開いた。

「…ここんとこ、不機嫌だったことは謝る」

「うん。それは別にいいから」

 謝罪などどうでも良いらしい滝は、あっさりと聞き流した。跡部の謝罪という貴重なものを聞いてしまったと、宍戸や向日は驚いてぽかんとしてしまっている。

 両者の反応が妙に気にくわないのだが、あえて無視することにする。

「樺地から聞いたと思うが、今、俺の家には海外からの客が三人滞在している。それ自体は、よくあることだからどうってことは無いんだが…」
 面倒臭さげに溜息を一つ。
「問題は、ドイツからの客が二人とフランスからの客が一人だということ、そして、客が会いに来た目的であるはずの父と祖父が、出張先のロンドンから戻るのに五日ほど遅れるという事態だ」
「何が問題やねん?」
「だから、言葉がドイツ語とフランス語なんだよ」
「は?」

 ドイツ人はドイツ語を、フランス人はフランス語を話すのは当たり前やろ、と忍足は思う。しかし、跡部はそれが問題なのだと言う。

「ドイツ人の一人が英語も少しだけ話せるらしいのと、フランス人はドイツ語が少し話せるというのがせめてもの救いだな」
「はあ…」
「で、我が家では、祖母も母も日本語の他は英語しか話せない。ドイツ語やフランス語に関してはさっぱりという状態だ」

 つまり、今、跡部の家で語学が堪能なのは跡部景吾だけとなるのか。
 家の中で良い通訳代わりに使われてしまっていることが、容易に想像出来そうだ。

「それが、跡部の不機嫌の原因?」
 それだけ? と言いたげな雰囲気の滝を跡部は睨む。
 仕事の取引相手ではないとはいえ、父や祖父の仕事を通じての友人であるらしい客人たち。出来る限り失礼の無いように宜しく頼む、などと出張中の父から伝言まで貰っている。
 無下に出来ないのが、実情だった。

「想像してみろ。朝起きたら、左から英語で挨拶され、右にいる奴はドイツ語で挨拶してくる。それを聞いた母と祖母が『何ておっしゃっているの?』と聞いてくるから、訳して伝える。暇を見付ければ、フランス語を話す奴が片言のドイツ語で俺に、祖母と話したいから訳してくれと言ってくる。逆に、英語が少し話せるドイツ人が英語で母に挨拶しようとしたものの、発音が悪いのか上手く伝わらなくて、結局俺に通訳を頼んでくるという状態だ」

 忍足は、早々に跡部がどういう状態に陥っているのか理解できたのだろう。同情を込めた眼差しを向けてきた。
 宍戸や向日は意味が判らなかったようで、「えーと? フランス人が何語を話すんだっけ?」と聞き返している。

「今日の現国の時間、質問されてんのに妙にまごついとったの、そのせいなんか?」

 教師が「この文章の意味することを何か?」と質問してきたとき、普段ならスラスラと答えていたはずの跡部が、なぜか言葉に詰まったように黙り込むことが何度となくあったことを忍足は思い出していた。

「あー。なるほどね。それはきついね…」
 滝も理解したようだ。

「なあ、どういう意味?」
 鳳がこそこそと日吉に聞いている。日吉は小馬鹿にしたように鳳を眺めてやった。
「お前には、想像力というものが無いのか?」
「どういう意味だよ…」
「同時に、日本語と英語とドイツ語を話す状況を考えてみろ。普通の人間なら、頭の中がパニックになるぞ」
「え? そうなの?」

「そうなんだよ」

 そう答えたのは、跡部本人であった。

「朝っぱらから、Good morning、Guten Morgenとか同時に言っていたら、その内、自分が何語を話しているのか判らなくなってくるんだよ。今日なんか、母親に向かってGuten Morgenなんて挨拶してしまって目を丸くされたんだぜ」
「悲惨やなぁ」
「悲惨だろ…。仕舞いにゃ、日本語までおかしくなってきやがる」
「あー。それでぇ! 跡部ってば、一昨日にさ、俺が一緒に帰ろうって言ったら、何か知らない言葉で言い返してきたじゃん! 何だろうって思ったけど、ちゃんと待っててくれたから聞かないでいたんだよねぇ」
 ぽんっと両手を打ち鳴らし、芥川が大発見をしたとでも言いそうな勢いで言った。
 跡部は、思いっきり呆れた顔をしてやる。
「知らない言葉ってなぁ。英語くらい、聞き取れよ。I wait only for five minutesって言ってやったんじゃねぇか。あん時は、五分だけ待ってやるっていう日本語が咄嗟に出てこなかったんだよ」
 そう言って、跡部は額を軽く押さえた。
「連日、三カ国語を同時に話さないといけない状況にいるせいで、神経が緊張状態から治まらなくてよ、寝付けねぇんだ。おかげで、ずっと寝不足状態だぜ…」

 それで、授業中に爆睡していたり、部活の時間にピリピリした空気でスパルタ練習になったりしていたのか。

「だからって、やっぱ八つ当たりは止めろよなぁ…」
 向日はぶちぶちと文句を零した。
 跡部がそれに何かを言い返そうとしたときに、彼の携帯が制服のポケットの中で細かい振動を伝え出す。
「ちっ」と舌打ちし、それから、立ち上がって少し離れた場所へ移動した。
「はい、景吾です」
 英語かと思いきや、日本語で出た跡部。
 興味津々という状態で皆が聞き耳を立てている。
「はあ? 何ですって?! 無茶言わないでください。ったく、もう。判りました。代わって下さい」

 微かに漏れる相手の声は女性のものである。母親か祖母だろうか。
 相手が代わったようで、いきなり口調も言葉も変わった。 またしても、ドイツ語らしい言葉を話している。それも、すごい刺々しい言い方をしていることは、言葉が判らなくてもニュアンスで理解出来た。

「一昨日も、こんな口調で電話に出てたよな? 相手は、一昨日の奴と同一人物か?」
「かもな。しっかしさ、跡部が親の知り合いに対してああいう態度を取るのって、珍しくねぇ?」
「珍しいどころやないやろ」

 跡部の雰囲気がまた険悪なものに変貌しつつあることに気付き、向日や忍足、宍戸は顔を見合わせた。

「相手、何を言っているんでしょうかね?」
「なんだろうねぇ。でも、あの跡部があんな顔をするくらいだから、ろくでもないことには違いないよね」

 怯えた声を出すのは鳳で、のほほんと受け答えるのは滝だ。

 日吉は、練習内容がどうなろうとあまり気にしない質なので、跡部の機嫌が良かろうが悪かろうが、どうでもいいという態度に変わっていた。

「勘弁しろよぉ。せっかく、滝のおかげでご機嫌斜めが直ったと思ったら、また逆戻りじゃんか」

 向日の悲鳴に近いぼやきに、宍戸が同感を示す。

 この調子だと、今日の練習もスパルタ決定かもしれない。




 跡部の父と祖父が帰ってくるまで、あと一日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2005.6.16
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3月頃に一度アップしていたが、その後、こっそりと削除されてしまったお話。
でも、先日、面白かったとコメントを頂いたので、少し手直して再アップすることにしました。


中学生で何カ国語も話せそうな跡部のIQが気になります。
国境近辺に住む人間でもないのに、語学が堪能なのは凄いと思うよ。IQは140くらいありそうだよね。(東大生の平均IQは120)
頭は良いのに、頭の使い方を間違ってるお馬鹿さん、ってやつですか(笑)


電話を掛けてくるドイツ語だけしか話せないドイツ人は、跡部が大のお気に入りで暇があれば跡部にちょっかいを掛けてセクハラ寸前の行為ばかりする陽気なおっさん。
という設定があったけど、話の流れ的に書けなかったんだよね。

 

 

 

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