ともだち
外部からは、「幼稚舎からの持ち上がり組は仲良しばっかりなんでしょ」なんて言われている氷帝学園中等部のテニス部員達だが、実際に幼稚舎時代からテニス部仲間で中等部でも同じテニス部に入ったという生徒はけっこう少ない。
幼稚舎のテニス部と中等部のテニス部ではあまりにその環境が違い過ぎる事から、中等部では違う部に入る生徒も多いせいだ。
特にレギュラーになれるような実力者ほど、そういうケースとは無縁になる。
幼稚舎にもテニス部というものはあったが、そちらはやはり基礎を中心に教える初心者教室的なものだったので、跡部のような幼稚舎時代から上級者の位置にいた者は学校のクラブには参加せずに外のテニスクラブに通っていたりする為でもあった。
だから、中等部でテニス部に所属して、そこで初めてお互いの存在を知ったという事の方が多かった。
そんな訳で、実際には友人同士で同じテニス部員というのは、本当に珍しい事だった。むしろ、友人であるために馴れ合いのテニスになってしまい、強くなろうという意識に支障が生じてしまう事だってある。そのため、常にトップを狙う意識を持った部員達は、部では普通に付き合っていてもそれ以上に仲良く付き合う事をしない者も少なくなかった。
今の三年生の代でのレギュラーメンバーで、幼稚舎時代からの友達で中等部に上がり同じテニス部に入った部員というは跡部と宍戸と芥川の三人くらいだろう。
芥川と宍戸の二人は、跡部がやっていたテニスに興味を持って跡部を追い掛ける形でテニスを始めたと聞くので、同じテニス部に入ったのは当然かも知れない。
ちなみに、跡部と滝は偶然に通っていたテニスクラブが同じだった事から付き合いは長いのだが、滝は跡部が氷帝学園の生徒だという事も知らなかったし、跡部も滝がどこの小学校に通っているのかなんて知りもしなかった。
中等部から氷帝に進学している滝は、そこのテニス部に入って初めて跡部が同じ中学にいる事に気付いたという。
向日は幼稚舎から氷帝にいるのだが、幼稚舎時代はお遊び感覚でテニスに触れていた程度だった。やりたいことが分からないので一つの種目に集中するのではなく、テニスに器械体操、陸上というようにいろいろな競技を一通りこなしていたのである。
幼稚舎を卒業する頃には、テニスが一番面白いと感じていたことから中等部ではテニス部に所属した。
幼稚舎時代、一度も同じクラスにならなかった為に跡部と向日は中等部での部活の場で初めて顔を合わせているのである。
ただし、跡部は存在そのものが目立つおかげで、向日が一方的に跡部という生徒の存在を知っているということはあったが。
中等部に進学して間も無い頃、実は向日は跡部が苦手だった。
跡部に関して、「実は亡国の王子様」だとか「着替えも自分で出来ない箱入り息子」だとか「怪我したら泣いて家に帰る」だとか、そんな面白おかしい類の噂ばかりが出回っていたおかげで、ひどい先入観を持ってしまい勝手に取っ付きにくい奴と思い込んでいたせいもある。
なので、当時仲良くしていた同じテニス部員と部活帰りにファーストフード店に寄った時、そこで跡部の姿を見付け本気で驚いたものだ。
跡部は、宍戸と芥川と共にハンバーガーやフライドポテトを普通に食べていた。
思わず、そんな跡部を指さして「お前バーガー食えるのかよ!?」と叫んでしまった程だ。
不躾な向日の行為を怒るかと思ったが、跡部はただ呆れた顔をしただけだった。いや、呆れたというよりうんざりした表情だったのかも知れない。
「ハンバーガーくらい食うだろ」
そう言って不機嫌面で黙り込まれてしまったので、向日は己の間抜けな行動を呪いつつも、部内では比較的仲良くしている芥川に助けを求めるように視線を向けた。しかし、芥川と宍戸は向日に助け船を出すどころか豪快に笑い転げていたので、向日の助けを求める視線にも反応してくれなかった。
一緒にいたテニス部仲間は完全に跡部の不機嫌面に怯えてしまい、物凄い距離を置いて避難してるし。薄情なものだ。
向日は観念したように、遙か向こうにいるテニス部仲間に「悪りぃ、お前らだけで食って」と叫んで、自分は強引に跡部達のいるテーブルに割り込んだ。
遠く離れたテニス部仲間達が厄介事に巻き込まれずに済んだとでも言うように安堵の溜息を零しているようだったが、もう気にしないようにした。
とりあえず、失礼な発言をしてしまったのだから、今は目の前の跡部に謝るのが先決だと思っていたのだ。
「厚かましいな。何勝手に座ってんだよ」
跡部と芥川がいる席の向かい側、宍戸の隣に勝手に座り込んだ向日に宍戸が面白がるように声を掛けてくる。
「良いだろ、俺もこっちで食わせろ。腹減ってんだよ」
そう言って、がさごそと自分のハンバーガーを取り出して思いっきりかぶりついた。食べながら跡部の事を上目使いで見遣れば、変わらずの仏頂面があった。
「さっきの悪りぃな。嫌味とかで言ったんじゃねぇんだよ」
食べながら、ぼそぼそと謝る。
跡部が僅かにだが、こちらに視線を向けた気がした。それも、少なからず驚いた様子で。
「嫌味じゃねぇなら、本音っつうことかー」
気怠そうに頬杖を付いていた跡部が向日に向き直り、何かを言おうと口を開きかけた時、芥川が横から余計なチャチャを入れてくれた。
その言葉に、そのまま跡部は口を噤んでしまったではないか。
ますます状況が悪化してしまいそうな雰囲気に、向日はかなり動揺した。
そんな重い空気など気にすることなく、宍戸がまたも笑い転げる。
「お前、ストレートで良いなー」
「な、何だよ。笑うとこじゃねぇだろ。俺は真面目に謝ってんだよ!」
「別に怒ってねぇよ」
自分を囲んで起こる騒がしい遣り取りに、うるさそうに顔を顰めながら跡部が呟いた。
「本当?」
「んなことで、いちいち怒るかよ」
「なんだよ、心配して損した。連れには置いて行かれるしさ、俺の方が最悪じゃん」
俺の健気な心使いを返せなどと言いながらハンバーガーを食べる向日に向かって、再び跡部が口を開く。
「まあ、怒ってないが腹は立ったな」
その言葉に、再び表情が強張る向日。
「げっ。…だから、あれは、マジで悪気は無いんだって」
慌てて弁解に入る向日を面白そうに跡部が眺めている事に気付き、向日は思いっきりふくれっ面を作った。隣で、しつこく宍戸が笑い転げていた。
向日が跡部とまともに会話をしたのはそれが最初だった。先入観というのは、本当に厄介なものなのだと学んだ出来事でもあった。
話してみれば、跡部は意外と面白い奴だった。むしろ、噂よりも本人の方がよほどぶっ飛んでいることもあって、かなり面白い人物だった。
テニスに関しては非情なまでに厳しい奴だったので、仲良くなったところで馴れ合いな雰囲気が生じることすらなかった。
テニスを通して付き合う友人にするには、最適とも言えた。
二年の一学期の途中に忍足侑士が編入してきて、向日とダブルスを組む事になる。その年の秋、向日は忍足と共にレギュラーの位置に上った。
その後、何度かのレギュラー選手の入れ替えを経験したが、それでも、跡部を中心として頂上を目指す為のチームが出来上がっていた。
そして、迎える三年生としての夏。
直面する過酷な現実。
一度は破れ、そして、意外な経緯で復帰を果たした夏の大会。
皆が、それぞれに葛藤し、思い悩んだはずの全国での大会。
結局、そんな迷いや戸惑いすらも払拭して一つに纏めたのは跡部の一言だった。
いつだって斜に構えて、他人を小馬鹿にしたように眺めているくせに、妙なところで潔く変なところで真面目で。
振り返ると、いつも一人貧乏くじを引いていたのは跡部だったと気付かされる。部の為に、いつも一人損な役割に回っていたのだと気付かされる。
そのことで、嫌味も文句も泣き言も漏らすことはなかったように思う。常に樺地を側に置いていたことで、そのことでバランスを取っていたのかもしれないが、最後まで部員達の前では弱わった姿を見せる事はなかったと記憶する。
夏休みも残り一週間になった頃、向日達三年生はテニス部の引退を目前に控えていた。
数日後には部長の引き継ぎが行われ、そこで自分たちはテニス部という場から完全に離れることになる。
良くも悪くも色んな事があった部だったが、だからこそ、本当に面白いテニス三昧な三年間だったと思える。
もう少しだけ、このテニス仲間と過ごしたいと思えるほどに、本当に面白い連中だった。
その日、向日のいる町内で夏祭りが行われるので皆を誘ってみた。
都合良く皆のスケジュールが空いていて、レギュラー、準レギュラーのほとんどが揃った。
意外に思われるだろうが、ああ見えて跡部は付き合いが良い。
気心の知れた仲間達とわいわい騒ぐのが好きな向日は、いつだってお祭り騒ぎを企画する代表格だった。
あまりに外出、外泊が過ぎるので親に咎められたこともあったが、その度に跡部の名前を出していたのは内緒だ。
「跡部と一緒だって」「跡部が行きたいって言うんだよ」そんな事言っては親の言及を逃れていたのだ。
良いところのお坊ちゃんは寂しがり屋というイメージがあるせいか、何故か、跡部の名前が出ると一発で納得してくれる。
実際に、遊ぶメンバーの中に常に跡部もいたのだから嘘にはならない。
そんな事が跡部の耳に入れば憤慨しそうだが、今のところ何事もなく過ぎている。
それに、たぶん、跡部も頻繁に外出する口実に向日の名前を出しているはずだ。
だから、あいこだ、あいこ。お互い様ってやつなんだ。
「向日の奴が行きたいってうるせぇんだよ」
きっと跡部もそんな事を言っているはずだ。仕方ねぇな、と少しだけ嬉しそうに、少しだけ呆れたように笑いながら。
皆と騒ぐのが好きだという向日とはまた違うが、跡部も何かと理由を付けては外に出たがっていることを向日は知っていた。
あそこまで家系がでかいと色々と大変なんだろうな、くらいにしか理解出来ないが、それでも、跡部が時々でも家名という束縛から逃れようと足掻いていることに気付いてしまった今は、むしろ、恩着せがましく「跡部の為なの」なんて言い放っている。
向日は家を全速で出て駆け出した。夏祭り開始までの間、ゲーセンにでも行こうか、そんな話になっているので、急いで待ち合わせ場所に向けて走り出す。
待ち合わせ場所は、八割方が忍足の住むマンションになる。
もしかしたら、今日もゲーセンに行かずに祭りの時間まで忍足の家でゲームをするかもしれない。
いつだって遅刻ぎりぎりな向日は、必死で走った。
芥川は常に跡部と樺地に回収されていくので、こういうときは遅刻とは無縁だった。
「ジローは楽でいいよな。ずるい」そう言ったこともあるが、芥川は悪びれもせずに「良いっしょ!」と自慢気に言い返してくれたものだ。
「滝ー!」
ちょうど、前方に滝の姿を見付けて大声で叫ぶ。
騒がしい向日の声に苦笑を浮かべながら滝が振り返ってくれた。向日が追い付くまで立ち止まってくれている。
「今日は遅刻じゃないんだね。偉い偉い」
「俺だって、やれば出来るんだよ」
全力疾走のおかげで、息は上がりまくっているくせに口調だけは偉そうに言う。
その口調に、滝がおかしそうに笑い声を上げた。
「お、岳人が遅刻せんと来たで」
「何だよ、お前。今日も遅れて来いよな」
「くそっ。何で今日に限って真面目に来やがるんだ、テメェ」
「ガックン、間に合っちゃったよ」
待ち合わせ場所に到着すれば、忍足と宍戸と跡部と芥川から口々に文句を言われた。
「はあ? 何で、遅刻してないのに文句言われなきゃなんねぇんだよ?」
「ガックン、偉いわー。むっちゃ好きやねん」
「ちくしょう、忍足の一人勝ちかよ」
忌々しそうに宍戸が愚痴り、跡部が悔しそうに顔を顰め、芥川が残念そうにしながら忍足にしがみついていた。
もしかしなくても、こいつら、俺が間に合うか間に合わないかで賭けをしてやがったな。
そして、「間に合う」に賭けたのは忍足ただ一人。残りの三人は無情にも「間に合わない」に賭けてくれたらしい。
いっつも俺を賭けに使いやがって、こいつら…!
人で遊んでんじゃねぇよ。
「お前ら、俺を賭けに使ってんじゃねぇ! 侑士だけじゃなくて俺にも何か奢れ!」
一人で暴れながら向日は跡部と宍戸相手に騒ぎまくった。
2006.2.16
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またしても、考えていたものとは違う話になってる。
そして、色々と激しく設定を捏造。
話の度に微妙に設定が変わってるしね。
その都度その都度、原作やゲームからイメージ出来る設定を持ち込むもんで、こんな事になる。(クラス分けや進路、幼稚舎持ち上がりか否かなどの設定)
跡部の休日の話を書こうと思って思い付いたはずなのに、結局、最後まで向日視点の跡部とテニス部の思い出話だった。
単純に、「実際、良いところのお坊ちゃまってのも、結構大変なんだよね」という話を書きたかっただけなんですけどね。全然、そういう話にならなかったよ。
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