梅雨明け
人気の無い屋上にいると、学園内の建物全てが静寂に包まれているような錯覚を覚える。
今の時間はどこの教室も授業の真っ最中だ。当然のように教鞭を取る教師の声や質問に答える生徒の声もあるはずなのだが、ここにいるとそれらがひどく遠くに感じられた。
自分達の周りは痛いほどに静かだった。
芥川は寝転がっていた体勢から上体だけを起こす。
その視線の先には、フェンスに寄り掛かって気怠げに眼下の光景を眺める跡部の姿があった。もうずっと、あの体勢から動いていないように思う。
景色を眺めているように見えるが、その実、彼の目は何も映していないのかもしれない。
「あとべー」
小さく呟くようにその名を呼んだ。
跡部は反応もしてくれない。
「跡部」
視線すら動かない。
悲しくなってまた寝ころんだ。そのまま空に目を向ければ、鈍色の雲が風に流されて行く様が見えた。雲の合間から太陽の陽差しが差し込んでいる。
光を追うようにして、また起き上がった。
流れる雲の合間から何本もの光の柱が地上へ降りていた。現実離れして見えるほど、綺麗な光景だった。
この光の柱の事を仏国では「天使の梯子」と呼ぶのだと、そう教えてくれたのは幼い日の跡部だったように思う。
「跡部…」
立ち上がり、彼の側へ行った。
「もうすぐ、梅雨明けって本当かな?」
傍らに座り込み、呟く。
「空、綺麗だぜ」
じゃれるようにして彼に抱き付いた。柔らかい茶色の髪を右手で梳きながら、彼に言葉を掛け続ける。
「テニス、続けような?」
その時、初めて彼が反応を示した。僅かだが、それでもはっきりと感じられた反応。
嬉しくて、どうしようもなく切なくて、抱き付く腕にますます力が込められた。
「そんでさ、また、みんなで戦おうぜ?」
みんなという単語をわざと強調して言ってやる。
跡部は顔を伏せるようにして芥川の腕に縋ったが、それ以外には言葉すら発しなかった。
そんな跡部を、芥川はただじっと抱き止める事しか出来なかった。
個人主義に徹した部だった。
馴れ合いのような感情は皆無で、 人によっては仲間意識すら皆無だった。
それでも、いつからか、自分たちは誰一人欠ける事無く全員で全国の場へと勝ち進むことを願うようになっていた。
同じものを目指し、共に戦い抜いてきた尊い戦友のように感じ始めていた。
今となっては、そんな願いも叶うことはなくなったが。
全国への思いは途絶えてしまったのだ。
それでも、変わることなくやって来る明日という時間の為に、前へと進まなければいけない。
いつまでも感傷に浸ることはできない。
彼はきっと、明日には何事も無かったように、またいつも通りに過ごすのだろう。
こんな時、その強さが悲しくなる。
だからこそ、今だけは、今日だけは、こうして気の済むまで、疲れを癒すために心静かに過ごして欲しいと願う。
また巡り来るだろう戦いの日々に向けて、力を蓄える為に。
「テニス、続けようぜ?」
芥川は、もう一度だけ先程と同じ言葉を発した。
跡部が微かに笑ってくれたように思えた。
その日、夏を目前にして俺達は青学に負けた。
2006.3.7
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今更のように、関東大会緒戦敗退直後の話。
挫けて自暴自棄になるくらいの廃退的な感じがどうしても書けません。憧れるのにそんな雰囲気が出せません。
なので、廃退的な雰囲気は早々に諦めた。で、某砂糖作家さん(とお呼びしたいこの頃)のような優しい跡ジロを目指したが、それもなんか玉砕した感じでした…。
どうやっても、敗北感に浸る暇があったら何でも良いから先に繋がる手段を見付けろ、な雰囲気になってる気がする…。貧乏根性逞しいというか。
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