史実臭いだけでただの妄想です。戦場な雰囲気強いです。ご注意ください。
かなりぼかした書き方をしているつもりですが、人によってはエグイだとか感じるかもしれませんのでご注意ください。
*捏造バイエルンさん、ザクセンさん注意。

*ケーニヒスベルクから見てベルリンは西側だ!と勝手に解釈してみて、ドイツのことは分断前からも「ヴェスト」呼びになってます。

 

 

 

 

春の目覚め ・1

 

 

 

 

「暗殺計画に関与した疑いが掛けられている。申し開きはあるかね?」
「関わってはいないと言ったところで、端から聞き入れる気は無いのだろう、お前たちは」
「…では、事実を認めると解釈させて頂く」
「実に残念だ。始めはこそはあなたに賛同したが、今となっては嫌悪と失望以外に無い」
「……」
「止めろ! 止めさせろ!」
「お気になさらずに、我が国」
「なにを馬鹿なことを…っ」
「では、元帥。ご自分で飲まれますか? 我々が手伝い―――」
「自分で頂くよ」
「元帥! やめろっ…!」
「ドイツよ永遠なれ!」
 そう、男は敬礼した。執務用のデスクを挟んだ正面に立つドイツに向かって。両の腕を掴まれ取り押さえられるドイツへと向かって。
 小瓶に入った液体を一気に呷った軍服姿の男が、苦鳴を澪しながら倒れ込んだ。
 激しい痙攣を起こし、そして、すぐに動かなくなる。
 ドイツは上司の後ろで、身動きが取れないまま、ただ、その姿を見つめ続けるしかなかった。







「静かだな」
「ああ、静か過ぎて気持ち悪ぃ」
 至る所が焼け落ち、崩れ落ちた街を歩きながら、ドイツとプロイセンはぽつりぽつりと言葉を交わしていた。
 足を止め、プロイセンは焦げた地上とは裏腹に青く晴れ渡った空を仰ぎ見る。
「いずれ、ロシアが来るな。…いや、ロシアとベラルーシか」
「こんな焼けた街にか…」
「焼かれても、この首都はまだ陥落してない。落ちない限りは攻めてくるさ」
「……まだ住民が残っているだろう。避難させられるだろうか」
「どこに避難させたものかね」
「………」
 かつて家屋だったと思われる瓦礫。崩れた壁。
 街がひどく灰色に見えた。
 じゃり、とブーツが炭化した何を踏みつける。ドイツは足を止め、踏んだ何かを確かめた。
「―――、」
「まともに爆撃を食らったか…」
 言葉を失うドイツの代わりにプロイセンが呟く。
 炭化したものの内部が微かに白い。カルシウムの白さ。
「―――……」
 手袋を嵌めたままの右手で、ドイツは顔を覆った。
 無言でプロイセンはドイツの頭をわしゃわしゃと撫でまくる。いつもなら「やめろ」とか「離せ」とか言うものだが、今は何も言わずにされるがままだ。
「国といいながら、何を守れると言うんだ…」
 呻くような声で呟かれる言葉。プロイセンは無言のままに再び空を見上げた。
 春の到来を感じさせる、澄んだ青さ。血なまぐさい地上とは掛け離れた、生命の息吹を見守る優しい青がそこにはある。
「…クソッ」
 視線を足下に移し、靴先で瓦礫の欠片を蹴飛ばす。
 プロイセンは、今この地を離れることに異様なまでの焦りを感じていた。迷走する上司たちの思惑。現状の凄惨さに心を痛め憔悴しきっている弟。
 戦況は考えるまでもなく、すでに敗北が目に見えていた。最前線で戦ってきた軍人たちは、随分と早い段階から敗北を感じていたのだ。しかし、引き際がどれほど重要か、今の上司は最後まで理解を示さないままだった。
 クーデターを起こされて尚、引くという決断は有り得ないとした上司たち。
 首都ベルリンの爆撃の報を聞き、それまでいた東部戦線を残りの将軍たちに任せて急ぎベルリンに戻ってきたのがつい先日。
 そのまま可能な限り最後までここに、弟の傍らに居座ろうと画策してきたのだが上司やその側近たちの意見は違うらしかった。
「ちくしょう。やっと東部戦線から戻ったってのにあのクソ上司め、隙あらば俺をベルリンから引き離そうとしやがる」
 なんとか居残れないかと交渉を繰り返してきた。しかし、上司たちは首を横に振るばかりだった。とにかく、数日前にベルリン同様に大爆撃を受けた彼の地へ行ってくれ、現地での指揮と報告をしてくれと、そうを繰り返すばかりだった。
 現状視察なんか適当な奴を見繕って行かせろ、と言うのだが、この状況下で隠密に動けるのはプロイセンくらいだと言い張って聞かなかった。
「何が隠密にだ。今更、隠密もクソもねぇだろうが。単に俺をベルリンからヴェストの側から引き離す口実じゃねぇかよ」
 忌々しげに吐き捨てる。
 国というのは、結局はただの歴史の体現者であり、ただ見届けるだけの存在なのだと、今更に痛感する。自分たちは何の権限も持ってはいないのだ。決めるのは全て上司となった人間と、国民の総意。
 国はそれに従うのみ。助言、対案を出すなどをすることはあれ、決定事項に拒否など有り得ない。
「くそ…。何を考えてやがるんだ、あのクソチョビヒゲめ」
 ドイツの側を離れるならば、代わりに誰かをドイツの側に置いておきい。それほどに焦りの感情は激しかった。
「ザクセンは動けねぇ。バイエルンは南部戦線で足止めを食らったまま…か」
 あまりにも、内部がバラバラだった。バラバラ過ぎる。
「まとまりが無ぇにも程があるってんだよ…」
 苛立ちを隠そうともしない口調で呻く。
「……兄さん。どうか、気を付けて行ってくれ」
「気を付けんのはお前だよ、ヴェスト」
「…俺は、大丈夫だろう」
 悲しげな眼差しのまま言葉を発するドイツの頭を、プロイセンはポンポンと叩く。
「ドレスデンの様子を見たらすぐに戻るからな」
「そんなに心配してもらうほど、俺も子供じゃないぞ」
「分かってぇよ。別に子供扱いしたいわけじゃねぇ。ただな、上司どもの動きがどうにも気に入らねぇ」
「……また上司、か。…分かった、気を付けておく」
 何をどう妥協したのか、そうドイツは答える。
「はぁ…。なんだかんだ言ってお前は流されやすいとこあるからなぁ。そこを付け込まれにゃいいが…」
「やはり子供扱いしているじゃないか」
「心配なんだよ、お兄ちゃんは!」
「何が、お兄ちゃん、だ」
「ヴェスト」
「なんだ?」
「あの上司には、本気で気を付けろ。絶対に隙を見せるな」
「………」
「俺たちの敵は内部にもいることを肝に銘じておけ」
 いつになく生真面目な物言いに、ドイツはプロイセンの顔をまじまじと見つめてしまった。
「お前は大国ドイツだということを忘れんじゃねぇよ。上司の為に国は存在してんじゃねぇ。民の思いと総意で国という概念が生まれんだ。迷う時は、国民を思え。お前の中の声に従え。国民というのは意外としぶといもんなんだよ。国民さえ残っていれば国は存在し続ける」
 どうしたんだ、いきなりそんな真面目なことを言い出して。そんな言葉が頭を過ぎるが、口に出すことは出来なかった。プロイセンは本気だ。本気で上司を見限り始めている。いや、すでに遙か以前から見限っていたのかも知れない。
「俺は、お前さえ無事なら良いんだよ。ぶっちゃけてしまえば、上司がどうなってようが知ったこっちゃねぇ」
「兄さん!」
 どこに誰のスパイがいるかも分からない状況下。不用意な言動は身の破滅を招きかねない。
「兄さん、思っても口に出すな」
「お前はな。お前は気を付けろ」
「俺なんかよりも、兄さんが―――」
「ヴェスト、何があっても生き残れ」
「…何を、そんな」
「嫌な予感が治まらねぇんだよ。しかも、こういう予感は高確率で当たってくれる」
「………」
 困惑しきった様子で立ち尽くすドイツの頭を、プロイセンはもう一度くしゃりと撫でてやった。
 撫でられた箇所を右手で軽く押さえ、ドイツは歩き出すプロイセンの後ろ姿を眺めやった。
 立ち尽くしたまま動けないドイツを、プロイセンが振り向き様「おい、何してんだ?」と声を掛けてくる。ドイツは慌てて兄の後を追った。






「隊長殿…! ルートヴィッヒ!」
 かつては大通りだった瓦礫の散乱する道で、ドイツは声を掛かられる。そして声の主を見付けて目を見張った。
「…大佐」
 ドイツが「大佐」と呼んだ男は、嬉し泣きのような顔をした。
「隊長殿、ご無事で良かった」
「大佐こそ…、よくご無事で…」
 プロイセンは「誰だ?」とは聞かなかった。覚えているのかもしれない。この男が昨年の夏に起きたクーデター未遂事件に関わっていた一人だということを。
「兄さん、こちらは…」
「大佐。よくこの粛正の中、生き延びられたな」
 プロイセンの発言にドイツが一瞬ぎくりと身を竦めたことをプロイセンは見逃さない。それから、いきなり吹き出してドイツの肩を叩いた。
「おいおい。何びびってんだ、お前」
「え?」
「俺はSSじゃねぇよ」
「び、びびってなんかいない」
「思いっきりびびってたじゃねぇか」

「兄さん? 隊長殿に兄上がいらっしゃったのか」
 驚いた調子で男が言葉を発する。

 その口調に何を感じとったのか、プロイセンは、
「ああ、厳密には、兄のようなもの、だな」
 と、にんまりと笑いながら言った。

「そう…なのか」
 何か考え込むようにしながら、男は頷く。
「あ…と。大佐は、これからどうされるおつもりで?」
 微妙な空気に耐えきれないというように、ドイツは半ば無理矢理な調子で男に話を振っていた。
 率直な問いに、男はわずかに躊躇う素振りを見せたが、小さく息を吐き出すと顔を上げ、ドイツの目を真っ直ぐに見詰めてきた。そして、小さく笑みを浮かべた。
「作戦に賛同してくれた私の部下達の残りが無事に国境を越えて逃げ切るまでの時間稼ぎがしたくてね。もう一度クーデターでも起こしてみようかと」
「……」
「冗談だよ。軍事裁判の招集が掛かっているんだ。逃げるのも飽きたんで、出頭しに来た」
「馬鹿な…。軍事裁判なんて開くとは思えない。無謀な真似は止せ」
 男は嬉しそうに、眩しげに目を細める。
「本当に、君はお人好し過ぎるな」
「俺は、もう、あなた方のような人間を見殺しにはしたくない。あのクーデターでさえ、この国を…」
 男は笑みを深くし、ドイツの言葉を遮るようにして言葉を繋いだ。
「ありがとう。僅かな期間とはいえ、君の友人でいられたことを光栄に思うよ、ルートヴィッヒ」
「―――、」
 どれが本気でどれが冗談なのか、ドイツには判断が付かない。ただ、部下が国境越えをするというのは、本当の事だと思えた。時期的に、あり得ると。
「大佐、どうか…」
「ドイチェスライヒ。我らが帝国よ」
 ドイツの言葉を再度遮り、男が静かな声で名を呼ぶ。ドイツの表情が驚きに強ばる。プロイセンは飄々とした態度を崩さずに男を眺めやった。
「何を…、なんで…」
 あからさまに狼狽えてしまうドイツを見詰め、男は幼い子供を見詰めるような眼差しを向けてくる。
「私の祖父はプロイセン生まれの生粋のプロイセン軍人でね。家に幾つもの写真が残っていた。君たちとそっくりな若者を写真の中に見たことがある…」
 その言葉に、僅かにプロイセンが目を眇めた。写真が残っていたことに驚いたのか、それとも、懐かしい光景に思いを馳せたのか。
 男は静かな笑みを唇の端に乗せる。
「私も一時期は総統のお気に入りだったこともあって、側近たちと行動を共にしたことも一度や二度では無い。彼らの君たちに対する態度は、一兵士へ向けるものではないことくらい私にも容易に想像は付いたよ」
「そんな程度のことで…」
「祖父から、聞いていたからね。おとぎ話だと思って聞いていたが、こんな年になってそのおとぎ話を覚えていて良かったと思う日が来るとは思わなかったな」
 してやったりという笑みを浮かべた。
 男は、むしろ、ドイツの狼狽する態度で己の推論に確信を持てたという感じであった。
 ドイツもプロイセンもそのことに気付いた。プロイセンは「まだまだ甘い」とでも言いたそうな顔でドイツを見遣ってくる。ドイツは右手で顔を覆って己の失態に呻いた。
「君に恥を掻かせるつもりもなかったんだが、何か申し訳ないことをしてしまったかな」
「いや」
 そう答えるのはにやにやと笑うだけのプロイセンだった。ドイツは未だ狼狽している。
 男は眩しげに目を細め、穏やかに笑う。その眼差しはプロイセンへと向けられた。
「あなたの名をお聞きしても?」
「プロイセン」
 当たり前のように、プロイセンは国名を名乗る。隣でドイツが唖然とした様子で兄を眺めやった。
 男は、感謝と感動の思いをその目に浮かべていた。
「やはり…。最後にここであなた方に会えたのも、祖父の導きか奇跡か。もう、軍人としての悔いはないな」
 そう言って、にこやかに笑ってみせた。
 ドイツが子供のような泣きそうな表情で男の腕を掴む。
「大佐! 何を言って…!」
「あんたが本部に出頭したところで、部下が助かる確率が上がるとでも?」
「さて、どうだろうか…」
 それでも、と男は呟く。
「軍人としてのけじめ、かな。いや、ただの欺瞞なのか、自分でも分からんな。もう…」
 乾いた笑いが男から零れ落ちた。
「……」
 言葉を見付けることが出来ずに、ドイツは苦鳴を漏らすだけ。
 そんなドイツを見詰め、男は言葉を繋ぐ。
「私は、あの作戦に参加したことを悔いたことは一度もないよ。大した決定権も持たない私でさえ、ああする以外にこの歪んでしまった戦いを終わらせる事は出来ないことは理解していた。裏切りとも思ってはいない」
 男は、一度言葉を切ると、プロイセンを見詰める。それから、視線を空へと向けた。
「プロイセン軍人は反逆しない。…その意味を考えた事もあるがね」
「……」
「それでも、私には恥じることは何もない」
 そう言い切ってみせるが、そこには悔しげな悲しい笑みがあった。
「成功させられなかったことは、残念で仕方がないが」
「……」
「……大佐。お願いだ、あなたは――、」
「部下たちが今夜、国境越えをする。せめて、それまでの間、本部の目を逸らせたい。上官としてやれることは何でもやってみたい」
 すまないね、と男は呟いた。
「国境越えが、成功すると思うのか?」
「難しいだろうね、SSが相手では。だからこそ、無駄な足掻きでもやってしまいたくなる」
 なぜ、こうも兄と大佐は冷静に会話をしているのだろうか。ドイツは、苛立ちと悔しさを抑え込むように手の平を握りしめる。
「どうやって時間を稼ぐというのだ!?」
「やはり、軍事裁判をちゃんと開いてもらうように訴えてみるとか、かな」
「そんなもの聞き入れる訳がない!」
「だろうねぇ。それでも、私はやれる限りのことをやるしかないんだよ。本部へ向かうことを許してくれ、ルートヴィッヒ」
 ここで、上官でもなく同僚でもなく、友人として人の名で呼ぶのは卑怯だろう。そう叫びたかった。
 最後になって、友人というスタイルで通そうとする男に掛ける言葉が、ドイツにはどうしても見付けられなかった。
 男はそんなドイツを見つめ、そっと笑う。どうして、この状況下でそのように笑えるのか。
 ドイツは苦渋に満ちた表情を浮かべ、視線を俯けた。必死に言葉を探すように、沈黙を作る。数瞬の後、男の肩に手を置くと、
「俺も今の役目が終われば、本部へ戻る。必ず、見つけ出して合流するからな。その時は、余計なお世話と言われようとも擁護させてもらうぞ」
 そう言うのが、やっとだった。
 男は、どういうつもりか、満足気に笑う。本当によく笑う男だとドイツは思った。

 不意に真顔に戻り、男は姿勢を正す。ドイツとプロイセンに真っ直ぐに視線を向け、右手を額に添える本来の敬礼の仕草をした。後半に入って導入された腕を真っ直ぐに伸ばし上司の名を叫ぶ敬礼ではなく、プロイセン時代から行われてきた本来の敬礼。

 反射的にドイツもプロイセンも同じ敬礼のポーズを取った。

「君の友として過ごした日々に感謝する」
 男は誇らしげに笑う。そして、声高らかに叫んだ。
「我がドイツ帝国に栄光あれ!」






 ベルリンの状況、敵部隊の進行具合などの確認を終え、ドレスデンへ向かうプロイセンを見送り、ドイツはベルリン市内に置かれた作戦本部への帰路に付いた。時刻はすでに夜中に近い。
 別れ際までプロイセンはドイツのことを気にしていた。最後まで上司に気を付けろと言い続けた。そのプロイセンに真顔で頷いて見せたが、何をどう気を付けたものかよく分からないというのが実情だ。上司相手に気を付けろというのも、かなり難題と思えた。
 それでも、出来る限りは、上司の前でも自分の執務室でさえも気を引き締めて油断なく過ごすことに越したことはない、と思うことにした。
 作戦本部として使用している館のドアを開け、一歩足を踏み入れた瞬間、ドイツは真新しいと思える強い血の匂いに眉を顰める。

 ここで、何が起きた?

 現在、上司はベルリン中心部にある総統官邸の地階に引き籠もっている。猜疑心に苛まれた上司は、もはやドイツすらも近くに寄りつかせようとはしなかった。今ではドイツすらも信用できないと思い始めているらしかった。
 上司の命令も遠い今、何かゴタゴタが起きるとも思えなかったのだが。
 一階の最奥がドイツの現在の執務室になっていた。そこへ向かいながらも油断なく視線を走らせる。

 この血臭はどこからしている…?

 見つけようとすれば、それはすぐに見付かった。
 二階へと続く階段のある広間。そこの片隅に倒れ込む男が一人。米神を撃ち抜かれた男の姿。
 ざわり、と背筋が泡立つのを感じた。
 どうして、ここに…?
「……大…佐」
 迷わず、ドイツは倒れる男の元へ駆け寄った。
「我が国。お離れください、汚れます」
 男の傍らに膝を付き、その体に触れようとしたとき、背後から声が掛かる。振り返れば、常に上司の側にいる親衛隊の一人だと気付く。
「裏切り者の粛正を終えたところです。こちらで簡易の軍事裁判を行い、その結果、大佐はここでの自決を選ばれました」
 感情の籠もらない、どこまでも事務的な口調。
「誰の命で簡易式にした? お前の独断か?」
「いえ、総統閣下より下った命です」
「総統の…?」
「総統閣下は、現在こちらへおられます。あなたの帰りをお待ちです」
「……」
 ドイツはそれ以上は何も言わず、そっと倒れた男の襟元に手をやる。そして、そこに付けられた鉄十字を外した。それを胸ポケットに仕舞うが、親衛隊の男は何も言わない。
「この男をどうする?」
「裏庭で焼却せよとのご命令が下っております」
「そうか…」
 それだけ言うと、ドイツは立ち上がり自分の執務室へと足を向ける。聞くまでもなく、上司がいるのはこの部屋だろう。
 執務室のドアをノックをし、ゆっくりと開ける。
 入り口から正面の奥に置かれたデスクとソファ。ドイツが執務を行う時に使うそこに、上司の姿を見る。
「軍事裁判というのは、もう少し公平であるべきではないのですか」
 怒りを抑えながら、ドイツは挨拶もすっ飛ばしてそう口にした。
 ドイツの物言いに、奥のソファに腰掛けていた上司が鬱陶しそうに顔を顰めてみせる。側に控える親衛隊が僅かに構えの仕草を取った。
「お前は、我が国だと言いながら常に私の反対ばかりしてくれるな」
「……」
「国が偉いのか、上司たる私が偉いのか。どちらだと思う?」
「国民あっての国、かと思われますが」
「私の国は、私には何の恩恵も与えんと見える。嘆かわしいことだ…」
 上司は立ち上がり、壁際へと歩く。そのまま面白くなさげに壁に掛けられた軍旗を眺めた。
「失望させてくれますな、我が国」
 そう背後で声が聞こえた。咄嗟に振り返ったが、遅かったらしい。
「お許しを、我が国」
 パンッと乾いた音を耳が拾った。
 それから、間隔を開けずして、もう一度同じ音が響いた。
 額の一部がひどく熱かった。それから、胸元。少し左寄りの胸が、熱い。痛みよりも熱さが先に来た。
 どうやら、撃たれたらしい。
 足から力が抜けるのが分かる。体が崩れるようにして倒れ込む。

――ああ、兄さんに叱られてしまうな。油断するなと、あれほど言われていたのに…。

 薄れ行く意識の中で、そんなことを思った。





 一度途切れた意識が繋がる。体を動かす神経はまだ繋がっていない。
 死なないというのは、こういう事か。
 動かない体を感じながら、ドイツは目に映る情景だけを見詰めた。耳は音を拾い続ける。
 死しても死なない。死しても生き返る。国という概念が滅ばない限り、決して人の姿を取ったこの肉体が消滅することは無い。
 心臓が鼓動を止めるというレベルの死は、初めて経験したな。
 どこか人事の様に考える思考。
 今はまだ、薄ぼんやりした意識があるだけで、体は微動だにしない。当然、声も出せない。
 人の常識で言えば、完全に死者の体だろう。
 倒れるドイツを見て、最近入ったばかりだと思われる若い親衛隊が悲鳴を上げていた。「隊長! 隊長!」と倒れるドイツに縋り付いている。
 古株の親衛隊が若い男をドイツから引き剥がす。
「手筈通りに、館までお連れしろ」
 縋り付いていた若い男を含め、数名の親衛隊に命令が下される。
「これ以上、何をされるおつもりですか!」
「国は、この程度では死なん。お前達が考えている以上に頑丈に出来ているんだ」
 人事と思って勝手に言ってくれる。ドイツは声にならない声でぼやいてみた。
 傷つけば痛いし、死ねば苦しい。そこは人と同じレベルだというのに。
 傷が癒え、体が復活するまで、もうしばらく時間が掛かりそうだった。完全に「死」の状態になれば、そうそう元には戻らないらしい。
 死にそうな状態は何度も味わったものだが、あれもかなりきついのだが、しかし、死しても死なない、というのは、思ってた以上にしんどいな。
 そんな、弱音すら出そうになるが、思うだけで声になることは無いのだから、別に構わないだろう。そんなどこか投げやりな気分にすらなっていた。

 彼らは何をするつもりか、ドイツの体を黒い布で包み始める。そして、三人掛かりで抱えられた。
 運ばれていることが分かる。一体、どこへ連れて行く気なのか。

 くそぅ。意識だけは生きていながら、動けないことが本気でもどかしい。

 一度外へと出て、車に乗せられ、どこか遠方にある館に入ったらしいと、耳が拾い続ける音だけで判断してみる。
 と、いきなり冷たい床に投げ出された。
 もっと丁寧に扱ってくれ! そんな文句を言おうにも体は未だ復活していない。
 ぐったりした体が起こされ、そのまま壁に寄り掛からされる。
 ガシャリ、と冷たい音を立てて、右手、左手、そして右足と左足にそれぞれ太い鉄枷が嵌められた。その先にはこれも太い鎖が続き、そのまま壁に繋がっている。

 そこまでするか。くそったれ。

 罵りながら、動かない視界で見える範囲での現状を見詰める。
 一人、減っている…?
 唯一、ドイツの「死」を悼んでくれた若い男の姿が見えなかった。ここまでの道中に、何かあったのだろうか。
 いや、今は他人のことを考えている場合ではないな。
 よもや、上司によって牢にぶち込まれる日が来ようとは思いもしなかった。しかも、枷付きで監禁状態だ。

――兄さん、すまない。完全にドジったようだ。

 心の中で兄に謝罪してみるも、思いっきり叱られそうだなという予想が立つだけだった。





 どのくらいの時間が経ったのか、ドイツは指先に力を入れようと試みた。動く。
「くそぅ…」
 掠れた声がこぼれ落ちた。
 ガシャガシャと音を立てて枷と鎖を引き千切ろうと藻掻き始める。ドイツの力を始めから考慮していたようで、簡単には切れないように作られているようだ。
 技術の無駄使いにも程がある。こんなところでドイツの誇る技術力を発揮してくれなくも良いと言いたくなった。
 自分の腕を切り落として外した方が早そうだと思えるほどに、枷も鎖も頑丈らしかった。両手両足を繋がれていては、自分の腕を切り落とすのも難しい気がしたが。
「こうなったら、俺の手首が引きちぎれるのが先か鎖が切れるのが先か、やってやる…!」
 苛立ちのままに、枷と鎖を外そうとドイツは暴れに暴れる。
 手首から血が滲み、そのまま軍服の袖を汚していくが、構わずに枷を外そうと藻掻き続けた。
 しかし、あまりの暴れっぷりに部屋の外まで音が響いてしまっていたようだ。
 館の監視役として配置されていたのだろう、二人の親衛隊がドイツの繋がれた部屋に慌てて入って来るのが見えた。
「くそっ。ここまでか…」
 忌々しげに、そう呟く。
 親衛隊は、ドイツの凄惨な姿を見て息を飲むものの、すぐに銃を構えた。
「お許し下さい…。ご命令なのです」
 そう呟く一人。もう一人が、躊躇い、そして、止めるような仕草を取ったようだったが、遅かった。
 狭い部屋に銃声が立て続けに響く。
 衝撃で壁に打ち付けられ、そして、ドイツは再び崩れ落ちるようにして意識を失った。







「くっそぉ、出ねぇな…」
 電話、無線機などを使うだけ使っていたプロイセンは忌々しげにそれらを元に戻した。
 ドイツと別れてから二日が経過している。その間に、連絡を取ろうと作戦本部や司令部などに掛けまくっているが、一向にドイツに繋がる気配はなかった。
 たった二日、なのか、二日も経った、なのか。判断は難しいが、今現在のプロイセンにとっては二日も連絡が取れないのは重大なことだった。
「もう用は済んだんだろうが。さっさと戻れ」
「やかましい、言われんでも戻るってんだよ」
 戻る前に一度でも連絡を取れれば、と思ってたいたのだが。
 大丈夫だ、とは思えない何かがあった。ずっと胸騒ぎが続いていた。
 いつでもベルリンに戻れるように、すでにプロイセンは身支度は調え終えている。
「おい、お前の持ってる車で一番早いやつ貸せ」
「頼み事もいちいち命令形? なんでそう偉そうなんだよ、てめぇは」
「うるせぇな。いいからさっさと貸しやがれ」
「――あ、ちょっと待て。っと、なに? 俺に電話?」
 話の途中なのに相手が電話の元に行ってしまい、残されたプロイセンは落ち着かない様子で頭をがりがりと掻きむしる。
 苛立ちが不安が治まらない。

 何で、連絡が付かねぇんだ、ヴェスト。

「おい、プロイセン」
「あ?」
 そう呼ばれ、プロイセンは振り返る。男が神妙な顔で受話器を寄越す仕草をしていた。
「お前に。バイエルンから」
「ああ? バイエルンだぁ?」
「ドイツと連絡が付かないと騒いでいる」
「な、んだと…!」
 思わず受話器を引ったくるようにして掴み取っていた。
「おい、どういうことだ!?」
『それはこっちのセリフだ! どうなってる!? なんでお前がドレスデンにいるんだ! ベルリンはどうなっている!?』
「好きでこんなとこに来てねぇよ! 上司命令だ!」
『この二日間、ドイツと連絡が付かないとあちこちから問い合わせが来ている! 確認に本部と数カ所の作戦支部に問い合わせても、そこの連中でさえドイツの姿を見ていないという回答ばかりが返って来ている!』
「二日…俺と同じか。じゃあ、やっぱ俺と別れた直後からということか…」
『やっぱりとはなんだ!? ふざけるなよ、貴様! 貴様が付いていながら、なんだこの様は!?』
「だから、好きでベルリンを離れてねぇ! ドレスデンを爆撃されたザクセンの様子見と混乱している現地での指揮を取りに来させられたんだ、俺は!」
『断れ! 馬鹿者が!』
「うるせぇ! 断れるくらいなら、始めからベルリンを離れてねぇんだよ!」

『ヴェー…。プロイセーン、ドイツが俺とも連絡取ってくれないんだよぉ』

「うお!? その声、イタリアちゃん!? なんでバイエルンっとこにいんだよ!?」

『ドイツ、ドイツ言いながら探し回ってる所を鉢合わせした。で、一応、保護しておいた』
『ほ、保護は無いよ! 俺だって、一応、ちょっとは戦って…』

 バイエルンとの会話にイタリアが割って入ろうとするが、バイエルンがそれを許さないらしい。イタリアの声は遠い。

「とにかく、俺は今からベルリンに戻る。イタリアちゃん、ヴェストは大丈夫だからな」
『あ、プロイセン、俺もベルリンに行くよ!』
「ベルリンは今は危ねぇよ。これから激戦区になる。イタリアちゃんは――」
『行くってば! 行くからね!』
 そう言って受話器を放り投げて走って行ったのか、微かな足音だけが聞き取れた。
『おい、こら! ……本当に訳が分からんな、イタリアは』
 そう呟くバイエルンには悪いが、イタリアとの会話で少なからず気持ちが和んでしまったプロイセンは久しぶりに笑みを零していた。
 イタリアちゃんはやっぱ可愛い。天使だ。
 そんな僅かな癒しすらも、苛立ったバイエルンの声が壊してくれたが。
『とにかくだ、』
「今すぐ、ベルリンに戻る。状況が分かり次第、連絡を入れてやる!」
『あ、ああ。…頼む』
 受話器を叩きつけるようにして置き、プロイセンは支部として使われている屋敷を出る。そのまま、玄関口に用意させた車に乗り込んだ。
 見送りでもするつもりなのか、男が玄関先まで姿を見せた。
 爆撃で負った重度の火傷やその他の傷は深い。今しばらくは色々と動きが制限されるだろう。そんな男をプロイセンは軽く眺めやる。
「何か動きがあれば俺かバイエルンに連絡寄越せ」
「言われんでも分かっている。さっさと行け」
 ぼろぼろな外見とは裏腹な強気な言葉にプロイセンは、いつもの人を食ったような笑みを浮かべる。
 それから、軽く敬礼の姿勢を取ると、そのまま一気に加速を付けて車を走らせた。
 驚いたような顔をし、それから慌てて敬礼を仕返す男――ザクセンの姿のがバックミラーで見えた。






 無茶苦茶な運転でスピードを出しまくったおかげか、ベルリンにはその日の昼過ぎには到着した。
 さすがに市内に入ってから飛ばすのは控えて、通常運転に戻す。作戦本部の置かれていたはずの場所を探しながら、プロイセンは警戒を強めていた。
 ベルリン内外でゲリラ戦を展開していたレジスタンスの動きが見られない。あからさまにドイツ軍人と分かる服装のプロイセンを見れば攻撃してきそうなものなのだが。
「連合がすでに入ったか…?」
 そう呟いた時、いきなりフロントガラスが砕け散った。急ブレーキを踏み、瞬間的に身を屈め車から転がり出る。
 僅かの差で、車体に銃弾が連続で撃ち込まれた。

「Hey! 手を挙げるんだぞ」

「……アメリカの坊やかよ」

 隙無く状況を見定めながら、呟く。
 坊や呼ばわりされたことが癇に障ったようで、アメリカが眉を寄せ睨んできた。
「降伏を勧めるよ」
「悪いな、今はお前らと遊んでる暇は無ねぇんだよ!」
 言い様、プロイセンは腰に吊したホルスターから拳銃を引き抜くと、そのままアメリカに向けて引き金を引く。アメリカの動きが鈍った一瞬を狙って、思いっ切り右方向へと飛んだ。そのまま、かつて壁だった残骸の陰に身を隠す。そのすぐ側をアメリカの撃った弾が掠めて行った。

「おい! 何の音だ!? って、お前らこんなところで銃撃戦をするな!」

 いきなり割って入ってきたのはイギリスだった。

「危ないだろ、イギリス!」
「何の真似だ、てめぇ」
「アメリカぁ。お前は何でもかんでも力業で進めようとするな。プロイセン、今は動くなよ。動けばその頭撃ち抜くからな。お前の背後にフランスがいるぜ。分かってんだろ?」
 手にした拳銃をちらつかせ、イギリスは言う。
 アメリカとプロイセンの抗議を聞き流し、あっさりとその場を掌握してしまったイギリスに、プロイセンは小さく舌打ちした。
「そうだ。そのまま大人しくしてな。アメリカ、こっちに来い」
「俺に命令しないでくれないか」
「うるせぇよ。今は従え」
 プロイセンに銃口を向けたまま、イギリスはアメリカを自分の背後まで下がらせてしまう。
「プロイセン、ドイツはどうした? 今はドイツに用がある」
「なんでヴェストの居場所をお前に教えなきゃなんねぇんだ?」
「先の爆撃で、もう、お前らの敗戦は確実だ。これ以上戦いを長引かせても意味が無いぜ。さっさと終わらせる為に降伏を勧めに来てやったんだ、おとなしくドイツを出せ」
「だから、教えねぇって言ってんだろう!」
「うわ、ちょっと…!?」
 言いながら、プロイセンはイギリスに向けて連続で引き金を引き、そして身軽な動きで身を翻したかと思うと、背後にいたフランスを盾にして後退した。銃口はフランスの頭部に突き付けている。
「坊ちゃん、ごめん。お兄さん捕まっちゃった…」
「フランスー。何やってるんだい」
「ったく…。どこまでも救えねぇ戦闘バカだな」
 思いっきり呆れ口調でアメリカが嘆き、イギリスはプロイセンの態度に落胆の色を見せた。
「お前は、もう少し、戦況を見極める目を持ってる思ってたんだがな。引き際を知ってる奴だと。俺の買い被りか」
 プロイセンはフランスを盾にしたまま、イギリスとアメリカとの距離をじりじりと離していく。
 こんなところで時間を食っている暇はないというのに。
 焦りと苛立ちがプロイセンを蝕む。
「ヴェストは渡さねぇよ」
「渡せとは言ってない。出せと言っているんだ。降伏の交渉に入ってやるって言ってるんだよ」
「そいつは、今は無理だな…。うちの上司でも探してくれ」
「上司では話にならないから、俺達が直接出てきてやってんだろうが。分かれよ、馬鹿」
「あ…? そういや、お前ら、軍は連れて来てねぇのかよ?」
「今は、俺ら国だけで勝手に動いてるんだよ」
「また妙な真似を」
「本当に、イギリスは甘いよね。どうせ、降伏なんかしないだろ彼らは。それなら、もう刃向かえないように徹底的に叩くべきだと俺は思うのにさ」
 じれったいよ、とぼやくアメリカにイギリスが「うるせぇな。お前はちょっと黙ってろ」と睨みを利かせた。
「…なんだい? 睨む相手を間違えてるよ?」
「もう、バカみたいに国が生まれて死んでいく時代は終わってんだよ」
「随分とお優しいじゃねぇか、元・大英帝国様?」
 イギリスの言葉を遮るように、プロイセンが皮肉たっぷりの笑みを浮かべてそう呟く。
「てめぇ、この俺がせっかく最後のチャンスを…」
「頼んだ覚えはねぇな」
「プロイセン。今は、軍を抜きにして俺達だけで動いてるのは本当だ。お兄さんもね、お前らを滅ぼそうとまでは思ってないよ。せっかくここまで生き残った国同士だし? 色々恨みはあるけどね、消滅を望むほど憎んじゃないかな」
「嘘つけ。俺様の解体と消滅を狙い続けていたやつが何を言いやがる」
「あぁ。そんな時もあったねぇ。あんまりにもお前がお兄さんの邪魔ばっかりしてくれるから」
「今もだろうがよ」
「そんなこと無いってば。お兄さんは愛の国よ? 本気で消滅を望むまで憎むなんてあるわけ無いじゃない」
 そう言い、いきなりフランスの手がプロイセンの持つ拳銃の銃身を掴む。
「うおっ!? 危ねぇだろ、お前!」
「ほら、やっぱり。お前も撃つ気ないじゃない」
「離せって。マジで危ねぇ」
 そのまま、フランスと銃を巡って揉み合ってると、プロイセンの後頭部にアメリカが銃口を突き付けてきた。
「隙有り、だね。チェックメイトだ」
「………」
「あーららー。プロイセン、ごめんね」
 なんでお前が謝ってんだよ、とプロイセンはフランスに向かってぼやいた。





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10.3.22

あの上司がまともに出してしまった…陰を感じる程度にするはずだったのに。ちょ、ヤベ…

タイトルが捻り無くてすんません。
分かる人には「ああ、あの作戦名か」と分かる、そのまんまなタイトルで行ってしまった…。





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